ドイツ留学~時差ボケ~
朝の五時にふっと目が覚めた。
早速荷物を取り出して、何もない空間に自分の物を置く。そうすると部屋が自分に馴染んだような気がして、居心地がよくなった。
その後、初めて海外から両親に電話をかけた。スカイプやラインの無料通話でしばらく話した後、おそるおそる寮の部屋を出た。
まずは近所でスーパーや生活用品を買える場所を探さなくてはいけない。
顔を洗おうにも、洗顔やシャンプー・リンスがない。というのも、ヨーロッパの水道水は硬水で、日本の製品はうまく泡立たないと聞いていたので、持って来ていなかったのだ。
昨日の夜は乗り物酔いで、部屋に着くなり眠ってしまったので、夕方の機内食以降、なにも食べていなかった。
ふらふらと近所を歩いていると、妙なオブジェを見つけた。
森の中に建物がいくつかあり、そこにぽつんと、赤いオブジェだけが異様な存在感を発揮しているのだ。
異国情緒というより、ファンタジーな異世界に来たような気持ちになる。
パン屋、銀行、スーパーが向かい合って二つ、服屋に生活雑貨、アイスカフェ。
こじんまりとした空間に、生活に必要なものがほとんど全て、器用に集まっていた。
小さな空間で完結する生活と、それ以上の自然。
その自然を満喫する前に、私の時差ボケはピークに差し掛かっていた。
頭がぐわんぐわん揺れている。気持ちが悪いし、空腹なのに食欲がわかない。
店員さんのドイツ語にびくびくしながら、パン屋でパンと珈琲を頼んだ。
ここに来るまでに、何人か人とすれ違って、じろじろと見られた。
普段なら気にしなくても、異国での第一日目だ。
初めて、人の視線が怖いと思った。
自分でもおかしなほど、神経過敏状態になっているのがわかる。
もしかして、行きの飛行機で、盛大に咳をし続けていた前の席の人に、変な病気でもうつされたのか――。
味もほとんどわからないまま、部屋に帰って、ネットで症状を検索してみた。
時差「ボケ」なんて緊張感のない名称だから、こんなにひどいわけがない。
と思ったのだけれど、やっぱり時差ボケだった。
不思議なことに、原因がわかると、少しほっとする。
それでも、人の視線は怖いままだった。
語学学校は来週から。
この一週間は慣れるため、と市内散策を予定していたのだが、そもそも私はフライブルクについて何も知らなかった。
地下鉄の乗り方は覚えていたのに、フライブルクには路面電車しか走っていなかった。
日本人の知り合いも、ドイツ人の知り合いもいない。
大学の教授に頼めば、フライブルク大学の先生を紹介してもらえたけれど、ドイツに来てまで人間関係に縛られるのも、頼るのも嫌だった。
全てをゼロから、自分の手で。
そういう信条があった。
だから、後悔したわけではない。
ただ、ヨーロッパ人のなかでアジア人ただ一人、という状況を初めて実感したのだ。
このままじゃいけない、とまだ二日目なのに、私は焦りを感じていた。
その夜、キッチンで青年がこちらに背を向けて、なにやら料理をしていた。
謎の冷凍チャーハンを解凍しに、共同キッチンに入った私は、思い切って声をかけてみた。
ウクライナ人のコンスタンティンさん。
自己紹介と語学学校の話をして、会話はスムーズに終わった。
躊躇したら、突っ込め。
新たな極論的人生観を身に付け、ようやく自分の調子を取り戻せたのだった。
~日記からの抜粋~
達成:近所のスーパーで買い物ができるようになった。