~クリスマスマーケット⑥ フランクフルト~
ドイツから飛行機を使って海外に行くのは初めての経験で、私にとっては冒険でもあった。
フライトは朝の九時にフランクフルト発で、朝にフライブルクを出発したのでは間に合わない。
それで、金曜日の語学学校の授業が終わってすぐに、フランクフルトへ出発して、一泊することにした。
フランクフルトには夕方の五時頃に着いた。
辺りはすでに暗く、東京を思わせる高層ビル群の光とマーケットのイルミネーションの輝きが入り混じって、夜の都会をぼんやりと浮かび上がらせていた。
ドイツに初めて来た日は慌ただしく空港を去ったため、フランクフルト市内に足を踏み入れたのはこれが初めてだった。
フランクフルトは外国人のスリが多いと聞いていたから、胸ポケットの付いたタンクトップを着て、その中にパスポートと現金、カード類を入れてチャックを閉め、ポケットの中には僅かな紙幣とコインだけを入れていた。
地味な分厚いジャケットに、バックパッカーのような黒いリュックを背負った私は、明らかに裕福な観光客には見えなかった。
それでも私は隙を見せないように、足早に歩いていた。
後から思えば過剰な警戒だったかもしれないが、クリスマスマーケットがない時でも、フランクフルトではうっかりしていると貴重品を盗まれてしまう。
フライブルクで知り合った同い年の日本人青年は、うっかりズボンの後ろポケットに財布を押し込んだままにしていて、現金5万円を盗まれた。別の財布にはわずか20ユーロ程度しかなく、今から日本の両親に頼んでも、銀行にお金が振込まれるのは翌日になる。
彼は持っていたギターで路上ライブをやって当座泊まるのに必要なお金を稼ぎ、なんとかなった。
――と、こんなことが咄嗟にできればいいが、異国の祭りでは特に気をつけたほうがいい。
マグカップのデポジットで現金を返す代わりにゲームコインに換金できる所もあり、ささやかだがギャンブルを楽しめるようにしてあるあたり、さすが金融街だ、などと適当なことを思ったりもした。
私の印象に残っているのは、このマーケットではイルミネーションが凝っているな、というくらいのもので、例えば地域の特色を感じたとか、マグカップをはじめとした店の商品が可愛かったとか、面白い交流があったとかいうことはなくて、一通り見てしまうと、時間が余った。
これが最初か二番目のマーケットであったなら、もっと反応も違ったのかもしれない。しかし、もうずいぶん色々なマーケットを見ていたので、品物も見慣れてしまい、マグカップを集めるか写真を撮るか、という楽しみの他には、この時にはもう何箇所のマーケットを訪れたかという、数の問題になっていた。私は取り憑かれたように、マーケットを巡る、時間と体力が許す限りの計画を立てていて、しかもどれだけ予定しても満足することはなかった。
クリスマスマーケットの魅力は、屋台に並ぶ品物ではないということになる。地域限定のマグカップも魅力の一つだが、夜の闇とイルミネーションの光、その中に人々が集まって冬の祭りを祝うという原初的な行為に惹かれるのかもしれない。
私は時計を確認して、中央駅に戻った。
この時間なら、電車に乗ってそう遠くないダルムシュタットのクリスマスマーケットも見られる。
ヴィースバーデンと迷ったが、私はダルムシュタットを目的地として、すぐさま電車に飛び乗った。
⑦ダルムシュタットに続く