auf der Reise~旅の空~

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作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。テニスを辞めてジム通い始めました。就職決まったので次は修論です。

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カテゴリ:お出かけ( 59 )


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去年の年末に、十年来の親友と京都の宇治に行って来ました。

大阪発で、大体一時間くらいです。最初は岡山辺りまで考えていたのですが、年末は観光向きではないということで断念して、宇治もかねてから気になっていた源氏物語ミュージアムが閉まっていたため、源氏物語・宇治十帖の舞台になった土地を、のんびりぶらぶらすることになりました。

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京都に溢れる観光客も宇治には足を運ばないようで、年末の静けさのなかを二人でのんびりと歩いていきました。

源氏物語で宇治が舞台となるのは、「宇治十帖」と呼ばれる「橋姫」から「夢浮橋」まで。特別源氏物語が好きなわけではないけれど、ドイツ文学科時代にいくつか履修していた日文科目のうちの一つが宇治十帖でした。

都から離れた物寂しい土地で、成就しない恋が交差する。そこは少し非日常的で、都とは違う一種特別な空間を形成している。

いつの間にかそんなイメージが頭のなかに出来上がっていて、年末で人気のない宇治はまさに私が思い描いていた情景にぴったりと重なりました。


 長い橋を渡って最初に向かったのは、平等院の対岸にある宇治神社と宇治上神社。上下二社で一体のこの神社が分離したのは明治時代だといいます。

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宇治神社といえば見返りうさぎです。正しい道へと導く神の使い。後ろを振り返りながら宇治神社の御祭神を先導したことからそう呼ばれています。宇治という地名も、菟道(うさぎみち)と書いて「うじ」と読んだことが由来となっているそうです。神社の眷属はどの動物も魅力的ですが、一見力のなさそうな小動物というところが新鮮です。

可愛いうさぎのおみくじを買って、今度は宇治上神社へと向かいました。二社で一体ですが、世界遺産に登録されているのは宇治上神社のみ。境内に湧き出ている桐原水は宇治七名水の一つであり、神社建築は日本最古だといいます。

ここでは水色、黄色、ピンク色と色とりどりのパステルカラーなうさぎみくじがそろっていたので、友人はピンクを、私は水色を買いました(色の選択も、十年前から変わっていません)。

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そして、最後にこちらも世界遺産の平等院へ。夕霧が源氏から相続した別荘のモデルは、平等院であるとされています。翼を広げた鳳凰に似ていることから平等院鳳凰堂と名付けられたこの寺院は、極楽浄土を模していると言われるほど。

実は中学一年生の頃に遠足で来ていたのですが、当時同じクラスで隣の席だった友人と十一年後に再び訪れるなんて、なんだか不思議です。

そんなことを言ったら、「また過去のこと言ってる。ほんまに思い出を大事にするなあ」なんて笑われそうなので、友人には言いませんでしたが。

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その後は大正時代に創業された「大正園」で閉店時間まで話し続けていましたが、四か月経った今では何を話したかほとんど覚えていません。相手は進級試験や国家試験の話を少し憂鬱そうに話し、私も迫り来る就職活動やら試験について話したのは確かですが、それは中学時代に定期考査へのちょっとした不安をべらべら話していたのと、何も変わっていないような気がします。

変化は大好きですが、あの頃から本当は何も変わっていないんだ、と感じるのも好きです。小学校六年生の夏に塾で出会った親友は、そんな「自分の核」みたいなものを再確認させてくれる数少ない友人です。

そんな友人と年末の静かな宇治を訪れたから、宇治十帖のイメージと合わさって、私の思う「宇治の風景」というのが固まって、記憶に残ることになったのかな、なんて考えたりもします。

ここからは風景論のようになってしまいますが、大学院の授業で、時折「風景の発見」というワードが近代文学との絡みで出されます。

風景とは人に見出されて初めて「風景」になるという考え方で、見る人の情感に彩られた情景――つまり、「内面化された風景」――その風景の発見から近代文学は出発したのだ、という論があります。

こんな話をすると一気に堅苦しくなりますが、ようは自分のなかに蓄積された記憶、知識、感情がその時の情感と合わさって、ただの景色から何か特別な意味を持つ「風景」を創り出していくのだとしたら、色んな人とこの先も特別な「風景」を創っていけたら素敵だな、と思ったのでした。

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by white12211122 | 2016-04-28 01:04 | お出かけ | Comments(0)

小学校から高校卒業まで大阪に住んでいましたが、その間、大阪を散策しようと思ったことはほとんどありませんでした。谷町六丁目から阿倍野までの数駅間が私の生活の全てで、それ以外にはあまり興味がなかったのです。もっと色々見てみたいと思ったのは、東京に戻った後でした。

いつか、大阪を舞台に小説を書けたら。そんなことを二年ほど前から考えるようになりました。京都ほど優美ではないけれど、神社仏閣、伝承もないわけではないし、大阪に住んでいた十年をなんとか小説に生かしたい。

そんなふうに思うのは、大阪にいた頃にもっと色々と何かできたのではないか、なんて、後悔しているからかもしれません。

小説の舞台にするからには、直接使うわけではなくても、色んなことを知っておきたいと思います。年末で今回はあまり時間もありませんでしたから、ある一日に、ふらっと中之島のほうへ足を向けました。ふと、中之島図書館に、日本画家だった曾祖父の絵が保管されているという話を思い出したのです。図書館なら、年末も空いています。

冬の晴れた日の、中之島散歩。気持ちよく歩いていましたが、ほとんど来たことのない場所ですから、懐かしさはありません。

中之島がガイドブックで紹介されるようになったのは、ここ数年のことでしょう。ビジネス街で、中之島図書館や国立国際美術館といった文化施設や西洋建築の大阪市中央公会堂など、文化的な雰囲気は漂っていますが、私が暮らしていた頃はまだそこまで開発されていなかったように思います。

開発途中の場所。十年前から刻一刻と変わる大阪の風景に、私はそんな印象を抱きます。まだまだ変わる場所。それがいいかどうかもまだわからない、不思議な空間です。

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中之島図書館で話を聞いてみると、現在曾祖父の絵は展示をしていないとのことでした。ただ、さすがにその日には無理でしたが、次回私が長期休暇中に大阪へ来ることがあれば、特別にお見せしましょう、と言っていただけました。

なんだ、やっぱりそこまで有名な画家じゃなかったんだ、と、てっきり図書館内に絵が飾られているのを想像していた私は少し肩透かしを食らった気分でしたが、なんだか自分のルーツを探る旅のようで、面白いと言えば面白い。

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その後は北浜まで歩いていきました。十年住んでいた土地の、知らない場所を歩く旅は、まだ始まったばかりです。



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by white12211122 | 2016-03-14 03:17 | お出かけ | Comments(0)

相模湖イルミネーション

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ずいぶん経ってしまいましたが、去年の十二月二十三日に、関東最大と謳われる「さがみ湖イルミリオン」を見に行ってきました。

夕方に恋人と西国分寺で待ち合わせをして、電車とバスを乗り継いで約一時間。

寒いし混んでいるだろうな、と思ったけれど、その頃の私は外出すら面倒くさがる干物女と化していたため、思い切って自分から提案したのでした。

やっぱり寒かったけれど、冬の温泉街ほどじゃありません。小雨が断続的に降り続いていましたが、屋内で体を温めながら、のんびりとイルミネーションを眺めていました。

関東最大というだけあって、どこを見ても光の海。光の滝なんてものもあって、広大な土地に数えきれないくらいの光が輝いていました。

今まで見てきたイルミネーションのなかで、一番綺麗でした。いい写真が撮れて、大満足。

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なんとなく、クリスマスにはイルミネーションを見に行かなければならない、と勝手に思っています。

恋人に限ったことではなく、友達と見るのも好きです。クリスマスのあの特別な雰囲気のなかで、〈クリスマスらしいこと〉をするワクワク感が好きなのです。去年友達と見たイルミネーションも、特別な思い出になりました。そして、今回のイルミネーションも。

付き合いが四年半になって、旅行先での思い出も増えてきましたが、季節の思い出を作る〈努力〉って大事だなと思いました。

季節ごとの楽しみを誰かと共有するのは、心に余裕がなけてばできないこと。心に余裕を持つには、そういう風に持っていく努力が必要。なかなか難しいけれど、余裕って大事だなあと思う今日この頃です。
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by white12211122 | 2016-03-10 01:10 | お出かけ | Comments(0)

2015年紅葉狩り②高尾山


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一ヶ月ほど前に高尾山で紅葉狩りをした。昭和記念公園に行ったのが高熱で倒れた三日後で、高尾山はその週末。さすがに登山は自重しようと思っていたのだが、ロープウェイが二時間待ちだったため、結局歩くことになった。

 登山なんて、私の通っていた女子校の恒例行事である「冬の金剛登山」ぶりだろうか。それに比べればどうということもないが、紅葉シーズンの山は大混雑だった。人、人、人。進むスピードもゆっくりだから、足にくる。

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 途中、天狗ドッグという名物ホットドッグで腹ごしらえをしたあとは、頂上までひたすら歩き続けた。

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 なんで私は山登りをしているんだろう、と根本的な疑問が浮かぶ始末だ。山で紅葉狩りという爽やかなイメージだけを思い浮かべて、デートのチョイスを間違えたような気がする。

隣を歩く元山岳部の恋人は、さすがに登山馴れしている。後ろからリュックを掴んで引っ張ってもらっていると、そんな光景を至るところで見かけた。やけにカップルが多い。登山初心者向けと聞いていたから、デートスポットとしても有名なのかもしれない。

高尾山と言えば天狗だから、デートコース云々という話よりも、天狗伝説ばかり調べていた。天狗はもともと日本のものではなく、インドで「流星」を指す言葉が中国で「天狗」と訳されて、それが日本へと伝わった。日本の文献に初めて「天狗」が出てきたのが、日本書紀の舒明天皇(629-641年、第34代天皇)の時代。流星を天狗と呼んだことから、最初は中国と同じように、自然災害を指す言葉だったことがわかる。妖怪や神として語られるのは、それからもっと後の時代のことだ。赤い顔に長い鼻をした山伏のイメージが定着するまでの変遷については詳しくないし、それを調べる余裕もないけれど、魅力的な研究であることは確かだ。

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天狗が出てこないだろうか。ちらりとそんなことを考えたけれど、怪異と出会うことなく、私と違ってしっかりとルートを考えていたパートナーのおかげで、途中からは人の少ない道を歩くことができた。

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一面赤く色づいた山々の景色――ではなかったけれど、黄色い山々と遠くに見える富士山の景色は幻想的だった。夕暮れの近づく空に、ここまで歩いてきたという達成感を感じる。

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下山の時は灯りもない獣道を歩き続けて膝が文字通り震えたけれど、無事に駅までたどり着いて団子をほおばると、それまでの疲労が吹き飛んだ。

今年はお月見から始まって「きちんと」秋を感じることができた。来年は就活・教育実習・修士論文と慌ただしい一年になるため、秋頃にどうなっているかはわからないけれど、出来ることならどんな時でも余裕を持って季節を感じていきたいものだ――と思う。



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by white12211122 | 2015-12-20 00:00 | お出かけ | Comments(0)

ほぼ一ヶ月ブログから消えていましたが、なんとか本年度最後の発表が終わって心穏やかになりましたので、紅葉狩りとか小説の結果とかをつらつら書いていこうと思います。


~母と昭和記念公園で紅葉狩り~
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 十一月の半ば、急に高熱を出して倒れた。三十九度の熱なんて何年ぶりだっただろう。風邪の症状はないものの、関節がひどく痛むものだから、検査の結果が出るまでインフルエンザかもっと悪い病気(高熱と腰痛の組み合わせをネットで検索すると、かなり怖い病気がヒットする)かと思いこんでかなりひやひやさせられた。

 検査の結果、単なる冷えと疲労による炎症とわかったのだが、点滴に加えて四日間の絶対安静を言い渡されたため、病名は忘れてしまったが、なかなか重い症状ではあった。

 二日間はベッドの上でおとなしくしていたけれど、何故かこういう時に限って、日頃読みたいと思っていた買い置きの本を読む気になれなくて、暇を持て余してしまう。

 三日目の昼、とうとうじっとしていることに耐えられなくなって(窓から差し込む晴天の光りを見て、ああ外に出たかった、本当は紅葉狩りでもしようと思っていたのに・・・・・・なんてイライラしていたら治るものも治らない、という謎の主張を振りかざして)、母と昭和記念公園へと繰り出したのだった。

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 ところが、そうまでして出かけたというのに、お目当ての紅葉はまだ色づいていなかった。仕方がないから、唯一綺麗な赤色をしていた一本を大量に撮った。外国人観光客も日本人も入り混じって、その一本に大勢が群がっていた。目の高さにある紅葉に群がる人々というのは、かなりシュールだった。

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 紅葉狩りって、こんな感じじゃなかったはずだ。強烈な違和感を残した紅葉狩り第一弾となったが、帰って写真を確認してみると、なかなかいいものが撮れていた。

 昭和記念公園自体は広くて落ち着けるし、いい公園だった。ヘリコプターの轟音にイライラさせられた時もあったけれど、それさえなければ多少足を伸ばすことになっても、ここで短い秋を味わいたくなる。
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 夕暮れの柔らかな茜色に染まった雲と、水辺に整然と並んだ木々をスクリーンのように映し出した水面の輝き。熱の名残で火照った体を吹き抜けていった風、木漏れ日。

 本来特別ではないものを感じるのにわざわざ電車に乗って出かけるのかと思うと、自然の少ない都市生活の窮屈さといったものを、いまさらのように思い出した(だから少しでも生活に緑を取り入れようと、ここの売店でパセリの栽培キットを買ったのだが、日照時間が足りないせいで、二週間で枯れてしまった。どうしたものか……)。

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by white12211122 | 2015-12-18 02:57 | お出かけ | Comments(0)

妖怪文化 公開講演にて

ハッピーハロウィン!

というわけではないが、『東の妖怪 西のモンスター』という国際研究集会の公開講演を聴きに行ってきた。

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妖怪文化と言えば、小松和彦先生。

民俗学を専攻することになって何冊かそれらしい本を読んでいるうちに、小松和彦先生の本に巡り合った。一度その名前を知ると、著書が何冊もあり、既に妖怪文化の大部分を網羅されてしまったと気づくのに時間はかからなかった。私はそこで、修士論文で妖怪を扱うのは難しいようだと、一旦は諦めてしまった。

そんな憧れの先生が講演をされると聞いて、いそいそと出掛けていった。

先生によれば、妖怪文化の四つの伝承母体は四つあり、それ四つ、口承(民俗学)、書承(文学・歴史学)、芸能(芸能史・演劇学)、絵画(美術史)は相互に関係し影響を及ぼし合っているという。つまり、妖怪文化を学ぶにも色々な観点があり、大別してどこからアプローチするかをまずは決めなければならない。

先月とうとう豊島区の民俗学(都市民俗学)を諦めた私は、この相関図を見て無性に、「やっぱり妖怪文化史がやりたい!」と思った。むしろ最初の出発点はここだったはずだと、不思議に思うくらいだった。ただし、豊島区の民俗学での挫折は必要なものだったと今なら思える。

講演の後、図書館で「都市テクスト論」なるものに出会った。

都市と文学、と言えば前田愛氏かなあと言える程度には日文の空気にも慣れてきたところで、内容の大体は掴めたと思うのだが、これによって今まで細々と考えていたことが、結局は全部似たような方向を目指して流れていたような気がしてきた。

風景って人が創るものだよね、と私の先生がおっしゃっていた。そのとおりだと思う。

実際フィールドワークをしてみても、「風景」なんて見えて来なかった。場所の歴史とか名前の由来を集めて表にしてみても、「これじゃあ観光情報じゃないか……」と疑念が沸く始末。

でも、そりゃそうだ。歴史があっても、それだけじゃ風景は生まれない。物語性という芸術要素が加わって初めて、風景が生まれる、と私は思っている(森鴎外も、自然はそれだけでは芸術ではない、とか言ってたっけ)。

そうだとしたら、私のフィールドワークはやり方が非常にまずかった。まあそもそもフィールドワークに限らず、ノウハウがなさすぎるのだから、自分に出来そうな手法を確立していくしかない。

それじゃあ文学の中で描かれた場所と風景は、ということで三鷹と太宰治を研究しようかと思ったけれど、それもしっくりこない。太宰作品の中に出てくる三鷹の描写を集めても、他の学問的手法を知らない私が扱うのでは三鷹の文学散歩案内で終わってしまう。

いっそ具体的な地名に拘るのはやめて、文学作品における異空間という観点から、現実の都市イメージを抽出できないだろうか。それなら、怪異を扱えるし、妖怪も別の章で扱えそうだ。


昔、とある大学のオープンキャンパスで、「実は私、妖怪文化を研究しているんです」と壇上からマイクで言った女子大生のことを、五年以上経った今でも、未だに覚えている。人に怪訝そうな顔をされることを覚悟で、自分の興味をはっきりと表明したことが強烈な印象を与えたのだ。

小松和彦先生も、昔は妖怪なんてと怪訝そうな反応を返されたとおっしゃっていた。妖怪文化をやりたい、と言うのは少し言いづらいことだが、私も同じことがやりたいとワクワクしながら思った。そう思ったことを、思い出した。

そんなことを考えていたら、図書館にきてから三時間も経ってしまった。千と千尋の物悲しい曲が流れる。お帰りください、の合図だ。

今日は寒いから、そろそろ帰ろうか。そういえばハロウィンだったと、駅でコスプレ集団とすれ違ってようやく思い出した。盛り上がるのは九月だけで、ハロウィンの当日は何もやらない。

ある意味、いつも通りのハロウィンだった。



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by white12211122 | 2015-10-31 13:29 | お出かけ | Comments(0)
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昨日は中秋の名月、ということで月見団子を作る予定だったのが、ほぼ一年ぶりに風邪を引いてしまい、デート自体が中止になってしまった。

味気なくコンビニに行く途中で空を見上げると、憎たらしいくらい美しい満月が。

テレビではサザエさんたちがお団子作りをしていて歯ぎしり。最近、今月締切の文学賞に向けて結構無茶をしていたため、当然と言えば当然の風邪だった。

がっかりしていたとしていたところへ、朗報が。本当の満月、しかもスーパームーンは翌日の月曜日という。一日半で風邪を完治直前までもっていき、お月見デートを仕切り直した。

ところでスーパームーンという名称は、スピリチュアルな占い関係の名称で、天文学の正式名称ではない。いまいち風水や占いには興味がないため、お願い事をしようという気分にはならなかった(いいんだ、願い事なんて何かを求めるより、ただそこにある風流を感じられれば)。

場所は千代田区の九段坂。この場所は昔から月が昇るのを待つ「夜待ち」スポットとして有名だという。

地下鉄を出て、最初に細道にひっそりと佇む「御菓子司 寿々木」に入った。

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月見団子はなかったけど、和菓子さえ食べられればいい。お抹茶と玉菊という上生菓子をいただいた。

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美味しい。病み上がりの体に、温かい抹茶はほっとする。地元客御用達といった昔ながらの和菓子屋で、時折鳴く鳩時計にも味がある。

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和菓子を食べ終わり、雑談。店を出る頃には宵闇の空に満月が浮かんでいた。スーパームーンを色んな角度から撮る。ひとしきり撮って満足したら、武道館を横切って、ゆるやかな坂を二人で歩いた。
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「月が綺麗ですね」

この台詞が言えたら、お月見デートは完璧だ。




シルバーウィーク&初秋のお出かけスポット

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by white12211122 | 2015-09-28 22:06 | お出かけ | Comments(4)

宮沢賢治の展覧会を観たあと、せっかくここまでやって来たのだからと、バスに乗って薬師池公園を訪れた。

ホームページには、薬師池公園の彼岸花が見頃をむかえたと書いてあった。

あんまり縁起のいい花じゃないのに?と母は不思議そうだったけれど、秋の始めに、あの毒々しいほど真っ赤な花を写真に収めたいと思った。

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薬師池公園は予想以上に広かった。公園というよりは、立派な庭園だった。水車があり、茅葺屋根の日本家屋があり、大きな池と橋がありーー。久し振りの晴天で、水がキラキラと光っていた。都内にもこんな緑豊かな場所があるのかと、なぜ自分は急にこんな緑に囲まれた場所にいるのかと、少しのあいだぼんやりしていた。

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曼珠沙華、死人花、地獄花、幽霊花ーー地方名を数えると、千種類ほどあると言われている彼岸花。有毒で、動物避けに墓のそばに植えられた、死と血を連想させる真っ赤な花ーー。

大昔から存在したはずなのに、彼岸花はなぜか鎌倉時代以前の文学に登場しない。万葉集に一首だけ登場する「いちし」という名の花を彼岸花とする説もあるものの、あれだけ目立つ、人里の近くに生える花がなぜ描写されてこなかったのか。

あまりにも不吉だと思ったのだろうか。たしかにこの花は、怖くなるほど美しい。ぽつぽつと佇むようにひっそりと咲く様子は、異界のモノのように異質な存在感を放っていた。

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シルバーウィーク&初秋のお出かけスポット
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by white12211122 | 2015-09-20 00:13 | お出かけ | Comments(0)
シルバーウィーク第一日目の今日は、早起きに成功して朝から一時間ほど勉強したものの、慣れていないため早々に眠気が襲ってきた。三十分ほど寝ても、頭は鈍いまま。

このままじゃ二度寝してグダグダな一日なってしまう!

ということで、電車に飛び乗った。一時間ほど電車のなかで課題図書を読み、たどり着いたのは町田市民文学館。

二十三日まで展かれている『宮沢賢治 イーハトーヴの鳥たち』を観たいと思っていたから、どうせダラダラするなら観に行こうと。

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どちらかと言うと鳥はあまり好きじゃないのだけれど(アレルギー性鼻炎だから、羽ばたかれると辛いのだ)、ここでは絵本や紙芝居の原画で賢治作品に登場する鳥を紹介していたため、興味を持った。

紺碧の夜、桔梗色の夜。同じ闇でも、様々な夜がある。とても美しい、幻想的な展覧会だった。

印象に残ったのは、『よだかの星』。小さい頃は童話として、あくまでストーリーを読むだけだったけど、今はよだかの苦悩の裏に、賢治自身の葛藤と願いを感じ取る。痛切な叫び。文章というカタチにせずにはいられない、強い苦悩と願いが、創作の原動力だったのだろうと思わせる。最近は賢治の作品を読み返すこともなくなっていたけれど、久し振りに全部読んでみようか、と思った。

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昔からーー小学校四年生の頃から、宮沢賢治が好きだった。出会いは父の本棚。工藤直子さんの詩とナルニア物語で読書に目覚めた私は、ちょっとした活字中毒だった。

特に惹かれたのが、『銀河鉄道の夜』と『かしわばやしの夜』。『かしわばやしの夜』のあるフレーズは暗記するほどだった。

「こよひあなたは ときいろの
 むかしのきもの つけなさる
 かしはばやしの このよひは
 なつのをどりの だいさんや

 やがてあなたは みづいろの
 けふのきものを つけなさる
 かしはばやしの よろこびは
 あなたのそらに かかるまま」

リズム感のある文章と、夜の気配、「あなたのそらにかかるまま」という自由な響き。この作品には、賢治の「夜」が琥珀のように閉じ込められている。


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by white12211122 | 2015-09-19 23:34 | お出かけ | Comments(0)
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夜の金沢は、おもてなし門がライトアップされて、夜の暗闇のなかで赤くぼんやりと光っていた。

翌朝、午前中に武家屋敷跡を歩いた。そう長くはない日本家屋の通りを歩き、そこから金沢城公園を目指して歩く途中で尾山神社を訪れた。

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前田利家と正室を祀る神社。

明治八年にオランダ人ホルトマンによって設計された神門には、ステンドグラスがはめ込まれていた。

和洋折衷の珍しい尾山神社は、国の重要文化財に指定されている。夜になるとライトアップが綺麗なんだとか。今回は朝から夕方を中心に見て回ったけれど、今度来るときは、夜から明け方の金沢を見てみたいと思う。

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金沢城の内部見学のあと、広い金沢城公園を散策した。原っぱにはほとんど人がいなかった。貸しきりのような、贅沢な気分。

疲れたら、羽休めに本で紹介されていた地元の喫茶店へ。この三日間で、私はすっかり金沢の喫茶店に魅了されていた。

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カウンター席に座って、私はお気に入りのモカ・マタリと手作りプリンを。珈琲もプリンも、とろけるような美味しさだった。

美味しい。今までで一番美味しい珈琲と、美味しいプリン。あー、幸せ。これは絶対、豆を買って帰らなくちゃ。

大喜びで何度もそう言う私と、隣で静かに珈琲を飲みながら相槌を打つひと。

同じ旅でも、印象はたぶん、全く違うものになっているはず。それを確かめるすべはないけれど、そんなふうに二つの旅を、これからも続けていくことになるんだろう。羽田空港からの帰りのバスのなかで、一人、そんなことを考えた、

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by white12211122 | 2015-09-13 23:50 | お出かけ | Comments(2)