auf der Reise~旅の空~

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作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。

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カテゴリ:大学の授業( 3 )

はじめて褒められた♡


先ほどようやく、一番外せない発表が終わって一段落。

この数週間は、発表をいくつも控え、修士論文で行き詰まり、かなり弱っている状態だった。そんなリアルな葛藤を書こうかとも思ったけれど、字にすると余計に惨めな気分になりそうだったから、やめた。基本的にカッコつけなところは、変えられそうにない(でも、それが私のスタイルなら、それもいいと思う)。

ゼミ(修士論文指導)の教授の授業で、しかも初めてのきちんとした発表だったため、「呆れられたくない…!」と、直前まで悲壮感が漂っていた。

六月にそれまで培ってきた独文式の発表で痛烈に批判されて落ち込んだ経験もあり、怯えながらだったものの、タイトル通り、「いい発表だった」「ドイツ文学をやっていたからか、少しは論理的な思考が鍛えられている」と褒めていただけた。

それは、私にとっては最大の賛辞。他に褒めていただけたのは、着眼点や細かい分類、引用だけじゃない、先行研究ともちょっとだけ違う自分なりの論ーーこの数週間が、報われた瞬間だった。

尊敬していた同じゼミの男の子にも文学トークで話しかけてもらい、それに対してまともに返事ができる自分。意見を交わし、指摘を受け入れ、一緒に悩み、最後は笑う。やっと、同じ土俵に立てたと思った。

六月からずっと根底にあって自分を縛っていた劣等感が少しだけ和らいで、自分にも武器に出来るものがあるんだと、ようやく自分のことを認められるようになった。学部時代とは違う分野だということが、他の人にも納得してもらえる言い訳だと自分でわかっていただけに、余計に苦しかった。

自尊と自信の塊なのに、劣等感も同じくらい、もしくはそれ以上にある自分の矛盾も、この小さな成功のおかげで、ようやく受け入れられそうだ。劣等感のおかげで、頑張ろうと思えるから。

馬鹿のまま、出来ないままで終わりたくない。尊敬できる人たちに認められたい。本当に、欲求に忠実な自分。

中途半端に論理的な部分を「形ばっかり」と自己批判して恥じていたけど、結局は知識不足なだけだった。突き詰めてみると、理解できるのがすごく面白い。断片的な知識がパズルのピースのように、ぴたりとハマる感覚。

改めて、大学院に通えて良かったと思えた。自分に必要なものって、わかっているつもりで、案外気づけていないものなのかもしれない。

タイトルは軽い感じなのに、めちゃくちゃ重量のある話題でした(笑)

ご褒美に、大学近くの和菓子さんで抹茶セットを食べてきました♡

名前は「いちょう並木」。近々秋らしい写真を載せたいです。

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by white12211122 | 2015-10-21 16:31 | 大学の授業 | Comments(2)

第二弾は、いじめについての授業。

教師を目指す学生にとって、熱くなるテーマです。

ああすればいいんじゃないか、こうすればいいんじゃないかーーという、生徒のことを真剣に考えた意見が教室で飛び交います。

が、実際の事例をほとんど知らない、あるいは結果しか知らない学生の論なので、どうしても自分の経験や理想に偏りがちになってしまいます。

そこで、教授は半期の授業で一つだけ事例を挙げて、グループディスカッションをさせました。

その手法というのが、とても良かったのです。

教授が実際に手掛けた事例を題材に、学生は毎週プリントで小出しにされる情報をもとにディスカッションを行います。

まずは登校拒否の中学生とのファーストコンタクト。いじめに遭って心を閉ざしている中学生と少しずつ心を通わせていくことによって、事実が次第に明かされていく。

情報が増えるたび、学生は先週の自分の案が逆効果であること、自分の思い込みの強さといじめというものの実態を知ることになり、一から考えを見直すという繰り返しを体験しました。

ここでも「いじめられるほうにも問題がある」とか、「立ち向かわなければ終わらない」、「逃げてもまた同じことが起こる」という意見が挙がりました。

私も気が強いタイプなので、それを他人に強制するつもりがなくても、どこかで「立ち向かえばいいのに」という考えが表に出てしまうのを自覚しました。

それは実際に壮絶ないじめに遭ったことがないから言えることであり、その人の辛さはその人だけのもので、当事者の感覚を尊重するということを知らない人間の、一方的な押し付け案であるーー。それに気づくことからこの授業は始まりました。

これは、結末を先に言ってしまうと、学生の学びには繋がりません。

誠実さや情熱だけではどうにもならない。理想論よりも目の前にいる一人の人間を見なければならない。

実戦に限りなく近いシュミレーションということで、毎回新たな発見に繋がる授業でした。

まさに戦い。一生の傷を遺すくらいなら、傷ついてボロボロになる前に逃げたほうがいい。いじめに勝ちも負けもないのだから、居心地の悪い世界に、命を危険にさらしてまで留まる必要はないと思うようになりました。





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by white12211122 | 2014-11-26 17:07 | 大学の授業 | Comments(0)

大学の授業 1:朗読


今日のこの記事から、大学で受けた面白い授業について、いくつか記事を書いていこうと思います。

第一弾は、「朗読」の授業について。

九月の後期から、朗読の授業を週一で取っています。

教師になるには、まず話を聞いてもらう技術を磨かなければなりません。

いつかボイストレーニングでも、と思っていたので、丁度いいと出席したのですがーー予想以上に奥の深い世界が待っていました。

「生徒が授業を聞いてくれないのは、まともに発声もできない教師が悪い」

本当にその通りだと思います。いい声かどうかではなく、聞き取りにくい話し方で説明すると、そもそも生徒に聞いてもらえない。生徒の学習意欲を上げられるかどうか、それこそ、教師の腕の見せどころでしょう。

授業では、たった一行、たった一つの単語を何度も言い直しています。

少人数の授業ですが、やはり最初は周りの目を気にして、上手く読もうとしたり、恥ずかしがったりして失敗していたのですが、最近はそういうこともなくなって、お手本である先生しか意識しなくなりました。

朗読の技術に、「間」と「息、あるいは無声で読む」というものがあります。

そう教わった時、少林寺拳法の「間」と「含み気合」をすぐに連想して、またか……と思いました。上手くやろうと焦ると、どうしても間を飛ばしてしまう。基本的な発声が出来ていないから、気合もきちんと出せない。

自分なりにどうにかしようと練習した時期もあったのですが、とうとうモノにできないまま引退したので、今度こそ身につけようと思いました。

このことを先生に言うと、そういう点で朗読と武道は似ている要素がある、と同意して頂けました。

もう一つ重要なのが、「力を抜く」ということ。

他人を意識するから肩に力が入る。力むから失敗する。

まずはカッコつけることをやめて、お手本と自分だけを見つめていれば上達への道が見えてくるんだなー、と朗読の授業で学びました。

ちなみに、最近初めて先生に手放しで褒めて頂けました。

その単語というのが、「馬鹿野郎」。

向田邦子の「字のない葉書」に出てくるお父さんの台詞です。

どうして上手いんだと聞かれても、うーん。心を込めず、平淡に読むのが朗読の基本なので、心を込めたわけでもなく……複雑な気分になりましたが、笑いは取れたのでよしとします。


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by white12211122 | 2014-11-26 15:45 | 大学の授業 | Comments(0)