auf der Reise~旅の空~

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作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。

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とうとうフライブルクに帰る日がやってきた。あっという間の三日間だが、一週間分くらいの濃密な時間を過ごしたような気がする。

色んな場所を案内してくれたシモーネには、どれだけ感謝しても足りない。彼女はウィーン大学で講義があるので、朝に駅で別れた。

一人になった私は、こうなったらガイドブックに載っている物は全て見てやろうという気持ちで、ナッシュマルクトという市場を訪れた。

あいにくの雨だったが、雨の日の市場というのも静かでいい。細い通路の両側にずらりと野菜やフルーツ、パンにチーズ、ワインなどの専門店が並んでいる。ゆっくりと鑑賞できる市場は、それだけで絵になる。


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次に、ウィーンで二番目に古いとされているペーター教会を訪れた。

外観は普通の質素な教会に見えるのだが、内装、特にロットマイヤーの天井のフラスコ画や祭壇は、豪奢で優美な造りになっている。観光客は少なく、ガイドブックにも小さく写真が載っている程度だから、観光客間での知名度は高くないらしい。

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最後はザッハトルテの発祥地と言われるカフェ「ザッハー」を訪れた。

ホテル付属のカフェであるため、高級感漂うカフェだった。私はその時、ドイツのジャックウォルフスキン社の分厚いダウンという、少々野暮ったい服装であったから、ドレスコードで入店を断られるのでは、と思う程だった。

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まず入り口でお金を払って上着を預かってもらい、赤い絨毯にシャンデリアという、クラシカルな店内に案内してもらった。

店内の写真を一枚くらいは撮りたい、と思ったのだが、こういう場所は大抵撮影禁止だろうからと、運ばれてきたザッハトルテを一枚だけ撮った。

周囲にもカメラを持った西洋系の観光客がいたけれど、彼らも自分たちのケーキを撮るだけだった。

そこへアジア系の女性がやってきて、注文を終えたと同時に立ち上がり、店内を
遠慮することなく、豪快に撮影し始めた。

それを見た周囲の人々は合図を送られたように、「よし、じゃあ私も」と一斉に写真を撮り始めた。「わかるわかる」と思いながら、私もそのうちの一人で、二三枚店内の写真を撮らせてもらった。

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写真を撮り終えた後で、ふとそのアジア系女性と目があった。

私の写真を撮ってくれませんか、と英語で言われたので、いいですよ、と応じ、ついでに私のほうもデジカメを渡して、写真を撮ってもらった。

席もそう離れていなかったので、テーブルを少し寄せて、自然な流れで会話が始まった。

「あなたは日本人ですか?」と私。

「いいえ、私は中国人です。あなたは中国人ですか?」と女性。

「いいえ、私は日本人です」と答えてから、教科書の例文のようなやり取りだと思って笑った。向こうも笑ったので、ご旅行ですか、と会話を続けてみた。

「音楽留学をしている息子に会いに来たんですよ。これから観光して帰る予定です」

留学生の母親か――と、心の中で呟いた。この時点で両親がこちらに来る予定はなかったため、自分だけ楽しんでいるという負い目が、一瞬胸をかすめた。

その女性のほうが先に席を立ったので、電子辞書を見てとっさに覚えた中国語で「良いご旅行を」と挨拶すると、少し嬉しそうに笑って、私にも同じ言葉を返してくれた。

それじゃあ最後のウィーン観光を楽しもうか、とやる気を出して、私も上着を受け取ってカフェを出た。


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by white12211122 | 2015-01-21 19:15 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)
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二日目の午後、授業を終えたシモーネと市庁舎前で落ち合った。午前中の観光はどうだったとか、そんな話をしながら、ここでもマーケットの屋台を覗く。

あまり見かけないクッキー型が、たくさん並んでいた。ドイツの民族衣装ディアンドルの型、塔の型、ブレッツェルの型……四つ程購入しただろうか。

今まで少しずつ集めていたクッキー型も、ドイツで手に入れた物と合わせると、さすがにもういいだろうという所まできていた。

ここで満足したため、これ以降、クッキー型は買っていない。ウィーンのクリスマスマーケットは、コレクション欲を大いに刺激された場所として記憶に残った。

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国会議事堂前では、旗を掲げてデモ行進している人々がいた。それを横目に他の観光客に混じって写真を撮り、昼はケバブで昼食と一緒に白ワインを飲んだ。

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その後、私の希望で猫カフェへと向かった。一時期は猫カフェ巡りまでした私としては、「ウィーンの猫カフェ」というものに、どうしても行っておきたかったのだ。

ウィーンで猫カフェを開く人とはどのような人かと思えば、そこにいたのは日本人のオーナーだった。こういうコンセプト喫茶というのは、やはり日本人の思考らしい、と妙に納得した。

私は適当にジュースを注文して、猫の紹介文を読まずに、真っ先に黒猫へと手を伸ばした。In diesem Fall beißt oder kratzt sie!(噛んだり引っ掻いたりする時があります!)と書かれているほうに手を伸ばしてしまったせいで、すぐに引っ掻かれてしまった。

綺麗な三本線の引っ掻き傷。お店の人に可愛らしい黒猫の絆創膏を頂き、ウィーンの猫カフェで猫に引っ掻かれるというマヌケな思い出を作って、一時間程でそのカフェを出た。猫カフェは触らずに見て楽しむ場所なのだろう。戯れられなかったのは残念だが、マイナーな観光が出来て良かったと思う。

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遠くの雲が朱色に染まる頃、市立公園を目指して歩いていると、天使の羽のような形をした雲を見つけた。

私はほとんど反射的に、デジカメに手を伸ばしていた。なんでも写真に撮りたがる日本人だ、と思われただろうが、シモーネは可憐な笑みを浮かべて、確かに綺麗な雲だと、一緒になって立ち止まった。

日本では空なんて少しも気にしなかったのに、留学してから空を見上げることが多くなった。空を遮る物が少ないというのもあるだろうが、旅先で見る空というのは、その時にしか見られない特別な物のように思える。天候や時間帯だけでなく、もしかしたらその時の気分によっても印象は変わるかもしれない。そういうものを、いちいち記憶していたかった。

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多くの音楽家の像が点在する市立公園には、金色のシュトラウス像がある。その写真を撮りに来たのだが、特別音楽家に興味があるわけではなかった。ただ、留学先で知り合う日本人というのがほとんど音楽留学で来ている人たちなので、そういう人達にとっては面白いのかもしれない、と興味を持ったのだった。

私は友人が好きな物に影響されることが多い。中学時代、音楽の先生に「才能がない!」と言われ、また音楽を志す友人が周囲にいなかった私にとって、音楽の留学生に囲まれて、大学の受験事情などの話を聞くのはひどく新鮮なことで、不思議な気分になった。

そういう出会いがなければ、ここに来ようと思わなかったかもしれない。シュトラウスの像を写真に撮りながら、考えていたのはピアノで留学しているMのことだった。

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十二月の夕暮れ時にも関わらず、公園内では散歩をしている人の姿がちらほらとあった。冬の公園は少し淋しいが、冷たい風が心地よかった。水辺には水鳥が寄り添うように泳いでいた。

次はどこに行く、と尋ねられて、ガイドブックをパラパラとめくってみたが、夕方から行くような場所を思いつかなかった。あまりカフェにばかり行くのも申し訳ないし、そもそもウィーンのカフェを網羅できるとは思っていなかった。無謀というか、達成する頃には糖尿病になりそうだ。チョコレート専門店にも連れて行ってもらったし、カフェには明日も行く。

ウィーンと言えばホイリゲ(新酒のワインが飲める居酒屋)地帯というものがあるが、残念ながらそれは十一月なので時期が違う。

迷いあぐねていると、私のガイドブックを覗き込んだシモーネが、それじゃあ中央墓地に行こう、と提案してくれた。

夜に、異国の墓地を訪れる。暗闇と十字架をイメージしたが、怖いとは思わなかった。ホラー映画は苦手だが、お化け屋敷の類は全く怖くない。小説の資料になりそうだと思ったので、喜んで連れて行ってもらった。

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音楽家達の眠る墓は第二門から入り、長い並木道をまっすぐ進んだ左側の、名誉区と言われる32Aにある。

中央墓地に入った直後はまだ明るかったのだが、歩いているうちに闇が濃くなって、墨を流し込んだような夜空の下、携帯の小さな明かりを頼りに、音楽家達の墓を見て回るというおかしな観光を体験した。

そのわずかな明かりも役に立たなくなり、誰のお墓を見たのかもわからないまま、少し離れた場所にモスクのような建物を見つけた。

しばらく散策した後、夜の西洋墓地を見て満足したので、ここで今日の、そしてシモーネとの最後の観光を切り上げることにした。

この頃にはもう私のドイツ語ボキャブラリーもほとんど尽きていたから、わからない文章は日本語で言って、ドイツ語でどう言うのかを教えてもらっていた。彼女のほうからは特に質問がなかったので、実はかなり日本語に堪能だったのだろう。

シモーネはその後、大阪へ留学することが決まった。何故こんなにも美しいウィーンを離れて大阪に、と不思議に思うが、私がウィーンを素晴らしいと思ったように、彼女が私の育った大阪を気に入ってくれることを、願っている。




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by white12211122 | 2015-01-21 18:16 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)
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ウィーン二日目の朝、シモーネは午前中に講義があるため、お昼にまた市庁舎前で待ち合わせすることにして、ホーフブルクへと向かった。

私はホーフブルクの敷地内にある王宮礼拝堂へと急いでいた。日曜日のミサでは、王宮付属聖歌隊が歌うのだ。ウィーン少年合唱団もいると聞いて、どうしても聴きたくなった。

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見物に来た観光客は、このミサには参加せず、後ろから写真を撮っていた。私もその中に混ざり、ウィーン少年合唱団を待ちながら、ミサの声に耳を傾けた。ミサを見るのは初めてのことだった。

そのうち、オルガン演奏が始まった。オペラのような軽やかな音楽。それから、白髪のおじさんたちの合唱。その後でようやく、ウィーン少年合唱団の合唱になった。おじさんたちは祭壇の右脇にいるのだが、少年合唱団の姿は見えない。おそらく、背後のオルガン席の辺りにいるのだろう。

一通り聴き終えて外に出る時、入口のすぐそばのモニターに少年合唱団の姿が映っていた。入りきれなかった観光客がその周りに集まって、合唱に聴き入っているそばを通り過ぎ、国立図書館(プルンクザール)へと向かったが、まだ閉まっていた。その時、九時三十分。先にアウグスティーナ教会に行くことにした。

観光客は皆、王室礼拝堂にいるらしく、教会の中には誰もいなかった。しばらくここで休んでいこう、とくつろいでいると、突然、オルガンの演奏が始まった。驚いて振り返ると、オルガンの奏者がいて、一人で練習をしているところだった。

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思いがけず貸切状態で演奏を聴かせてもらい、聴き入っているうちに国立図書館の開館時間になった。このアウグスティーナ教会には、ハプスブルク一族の心臓五十四個が安置されている。ミサの後だからか、静かな気分で教会を後にした。

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ホーフブルク内は個々の観光スポットが密集しているため、周りやすい。その中で、時々路地のような細い道を見つけたりもした。

私にとっては今日のメインと言える国立図書館にやってきた。世界一美しい図書館と言われれば、読書好きとしては見ておきたい。そこまで広くはないものの、天井のフレスコ画や柱は圧巻だった。イメージ通りの「西洋の図書館」というふうでもあった。

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その次にホーフブルク、旧王宮を観て回った。宮廷文化よりも民衆文化に惹かれるほうなので、ハプスブルク家の王宮を観て目を輝かせるということはなかったが、シシィ・ミュージアムには興味があった。

オーストリア文化の授業中に観たオペラ『エリザベート』にすっかり魅せられた私は、授業が終わってすぐにDVDを注文し、しばらくの間、何度も繰り返し観るほどのはまり具合だった。

エリザベートと言えば「死」。誰よりも死を欲し、死と共に生きた生涯。そのオペラでも「死(Tod:トート)」と呼ばれる人物が干渉し、最後はエリザベートを連れてゆく。この博物館では、「死」の他に「少女時代」「宮廷生活」「逃避」「暗殺」といったように、フロアごとにテーマがあった。

重苦しい宮廷生活に埋没するのではなく、自らの意志でそこから逃れ、自由を追い求めた末に、最期は宮廷の外で亡くなったエリザベート。抗い求め続けた生き方そのものに、惹かれるものがある。

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一通り観てから外に出ると、微妙な時間帯だった。

もしかしたら、時計博物館にも行けるかもしれない。

早歩きでマップを片手に、色んな人に聞いてみたのだが、道に迷ってしまった。あまり有名な観光スポットではないらしい。三千点もの時計があるなら是非とも観てみたかったのだが、残念ながらついに見つけることができず、時間切れとなってしまった。ウィーンの主要観光スポットは確かにほとんど全て観て回ったが、この博物館に行けなかったことだけは唯一の心残りだ。

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市庁舎に向かって歩いていると、途中でアンカー時計を見つけた。

写真で見た時はとても良いものに見えたのだが、実際に見てみると少し地味だった。わざわざここを目指して来るほどではない。

昔、オーストリアについて知りもしないのに、ドイツ周辺諸国の文化という一年生の頃に受けた授業で、「オーストリアの観光地」を発表したことがあった。今思えば行ったこともないのに何故、と思うのだが、ちゃっかり自分が旅行する時に活用するつもりだったのかもしれない。そこにアンカー時計を付け加えて、あたかも主要観光スポットのように説明してしまったのを今更のように思い出して、恥ずかしくなってしまった。

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二日目:午前中終了



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by white12211122 | 2015-01-20 09:41 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)
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どうせ行くならクリスマスマーケットの時期に、ということで、十二月の初めに文通相手の住むウィーンへと飛行機で旅立った。

まず初めに訪れたのはシェーンブルン宮殿だったが、二時間程待たなければならなかったため、まあ宮殿はもういいか、とクリスマスマーケットだけを楽しんで、その場を後にした。

待ち合わせの時間までは三時間しかない。移動時間も考えて、待ち合わせ場所のオペラ座へ向かうことにした。

オペラ座では昼間に内部見学ツアーがあり、四十分でじっくり観て回ることができる。

日本語のガイドは一時間後だったので、留学先なのだからとドイツ語を選んだ。こちらは十数分後にツアーが始まった。

オペラの授業を取っていたおかげで(ほとんど寝ていたけれど)、作品関連の説明がよくわかった。特に『魔笛』の説明が多かったと記憶している。

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皇帝の席を見て、今夜の演目のための下準備を遠目に眺めて、ツアーは終わった。

その後、文通相手のシモーネと無事に合流でき、彼女の案内でケルントナー通りを歩いて、シュテファン寺院下のマーケットを覗いた。

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ウィーンはとにかく建物が大きい。しかも横にも長いので、巨大な迷路の中を歩いているような気分になる。カフェやショップが密集しているこの歩行者天国は、クリスマスのイルミネーションも加わって、華やかだった。

ドイツにもこのような通りのある街がないわけではないが、白を基調とした精巧なチェスを思わせる細工と、その優美さといったものは感じない。

ウィーンと言えばカフェということで、まずは改めてお互いの自己紹介をすべく、カフェ「ハイナー」でお茶をすることにした。

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シモーネはウィーン大学の生徒で、日本語の勉強をしているという。来年もしかしたら日本に留学するかもしれない、ということだったので、もし会えたら、今度は私が観光案内をしよう、と言って、初対面にしてはすぐに打ち解けられた。

この会話は全てドイツ語だったが、二泊三日の間に私のボキャブラリーが尽きてくると、日本語で尋ねて教えてもらうこともあった。

オーストリアのドイツ語はドイツ人の話し方とは異なり、柔らかさがある。フランスのアルザス地方出身の友人と雰囲気が似通っている、と思ったのは、単に彼女たちの性格が似ているのか、話し方が似ているのかわからなかったが、フランス的な響きを聞き取ったのは確かだ。

簡単な質問を何度も聞き返すこともあったが、理解すると「なんだ、それを言っていたのか」とすっきりする程度のものだった。

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シモーネが手料理を振舞ってくれると言うので、材料費は私が払うことにして、材料を買いにスーパーに立ち寄った。

ドイツでもよく見かける「モーツァルト」が棚いっぱいに置かれていて、思わず写真を取っていた。


帰宅途中、宮殿のような建物を見つけて、あれは何なのと質問すると、「銀行だよ」と予想外の返答。

このテーマパークにありそうな宮殿が銀行だなんて、とカルチャーショックを受けた瞬間だった。

ウィーン大学の近くでやっているマーケットを見るついでに、夜のウィーン大学を見学させてもらった。

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ハリー・ポッターの魔法学校のようだと思った。

後日、大学内の写真を友人に見せると、そろって「こんなにいい大学にいるのに、どうして日本の大学に来たいんだろう?」と首を傾げた。私も同感だが、この大学に匹敵する魅力が日本にはあるのだ、と思いたい。

こうして一日目が終わり、シモーネの手料理を頂いた後、二人で面白い動画を観て笑い合ったり、お互いの好きな曲を紹介し合ったりした。



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by white12211122 | 2015-01-19 10:36 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)


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最近ブログの更新が停滞していましたが、ようやく大学生活最後のレポートとテストが終わりました。

レポートはドイツ文化が一つ「祭りの受容と心性‐日独文化比較(原稿用紙20枚)」、日文が二つ「源氏物語宇治十帖考‐なぜ続編が書かれたのか(10枚)」・「『モダン都市の読書空間』要約と考察(10枚)」。

大晦日は毎年恒例の執筆オールナイト、ということで昼の二時から明け方四時半まで小説を書き続けました。

いつもは七時あたりまで書いていたのですが、そろそろ年齢が・・・・・・ということで、今年の目標は「朝に書くこと」にします。

新年初の目標は、「サイトの読者様から続編をリクエストして頂いていた作品がいつまで経っても終わらないから、一週間で書ききる」ことでした。こちらは無事150ページで完結できたので、良いスタートを切れました。

今月末の卒論口頭試験が終われば、次の目標:二月編「運動(少林寺)」「国語(古文・漢文・漢字)」「小説(新人賞)」に取り掛かれます。

ほとんどの友人がやっているSNSで、早々に「今年こそ作家デビューする!」と宣言した(自分で自分の首を締めた)ので、今年は本気でプロフェッショナルを目指していこうと思います。

ということで、やってはいけないことは「新しい物に手を出さない」。

テニスと朗読の研究会だけで留めておきます。

2015年の抱負、というか単なるメモでしたー




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by white12211122 | 2015-01-18 12:19 | Comments(0)
2013年のクリスマスマーケットで集めたマグカップを公開します。

一つが安いのでお財布には優しいのですが、何が大変って持って帰るのにものすごい労力が要りました。

(手荷物のリュックに入れていたので、空港でムキムキのお兄さんに「重い! これ何入ってるの!?」と驚かれるほどでした)



左からフライブルク、ザールフェルト、ローテンブルク(今年は紺色が多かったようです)
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テュービンゲン、シュトゥットガルト、ニュルンベルク

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ウィーン

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ストラスブール

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フライブルク

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フランクフルトのは灰色であまり可愛くなかったのと、留学中よく使用していて欠けてしまったので置いてきました。

ダルムシュタットは友人にあげました。以上です。



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by white12211122 | 2015-01-18 11:18 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)
オーストリアのウィーンに住む文通相手が、クリスマスマーケットで訪れるなら家に泊まりに来るといい、と言ってくれたので、エアベルリンでフランクフルトからウィーンに飛んだ。

二泊三日のウィーン旅行。ドイツ語圏という安心感から、ドイツにいるような気軽さであちこち散策して回った。

ウィーンの主要観光スポットは全て回ったつもりだ。これまで十二回にわたってクリスマスマーケットについて書いてきたが、時系列的には違うものの、これが最後のレポートとなる。

ウィーンの観光スポットについては次回から数回にかけて書いくことにして、まずはマーケットについて書こうと思う。

空港から市内までスムーズに移動できたので、文通相手との待ち合わせ時間までに何箇所か回ることにした。最初に向かったのが、ウィーン市内から少し離れたシェーンブルン宮殿。宮殿の前にマーケットの屋台が並んでいた。
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粉雪が降って、地面にうっすらと積もっていた。少し肌寒く、お腹も空いていたため、パンの器に入ったシチューを食べた。ドイツや他のマーケットでは見かけなかった料理だ。

オペラ座の見学ツアーに参加し、無事文通相手とも会えて――のくだりは次に書くとして、その日の夜、今度はシュテファン寺院周辺のマーケットへと案内してもらった。

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シュテファン寺院は元はゴシック様式だったのが、火災による崩壊でロマネスク様式として再建された。2001年に世界遺産に登録されており、皇帝の儀式やモーツァルトの結婚式が行われた場所としても有名である。建築にはさほど詳しくないが、白い尖塔の屋根や壁には繊細な装飾が施されていた。これが、荘厳さと繊細さの両方を感じさせるのだろう。

夜も深まった頃、ウィーン大学の近くのマーケットへと足を運んだ。

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ウィーンのマーケットも基本的にはドイツとそう変わらないのだが、マグカップがとにかく可愛い。色も形も様々で、ドイツにはないデザインと色だから、二つ購入した。二ユーロもかからないので、日本円で二八〇円程度だ。気に入りのマグカップを手に入れて、ほくほくしながら文通相手の家へとお邪魔した。
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by white12211122 | 2015-01-18 11:05 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)
ストラスブールのクリスマスマーケットで凍えた翌日、微熱でふらふらしながらも、予約していたバスでチューリヒへと向かった。フライブルクからバスで二時間。どうせバスの中なら誰も見ないだろうと思い、こっそりとマスクをつけた。

日本では風邪をひいたらマスクをつけるのは普通のことだが、実はドイツやその周辺地域では、マスクをつける習慣がない。つけていたとしたら、それは疫病患者ということになってしまう。数年前、福島原発の影響で諸外国が神経質になっていた頃、フランスの記事にマスクをつけた大勢の日本人の写真が載って、「日本はもうだめだ」と書かれていたのが、半ば笑い話として話題になった。もちろん疫病ではなく、花粉症だったのだが、まだまだお互いに知らない文化が沢山あるということだろう。

そんなわけで、こっそりとマスクをつけたのだが、バスがカーブを曲がる時、止まっていた自転車の男性が私を見て、「あっ!」という顔をした。あまりにもあからさまに驚くので、私は諦めてマスクを外したのだった。

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チューリヒの印象は「路地の多い水辺の街」だった。色んな街を訪れていると、大体「ここは一度来れば満足」、「ここは旅で来るのは楽しい」、「ここには長く滞在してみたい」の三つに感想が分かれる。チューリヒはあと数日滞在して、街の雰囲気を味わいたいと思った。

水が水を呼ぶ、とどこかで聞いたことがある。体内の水分が水辺に惹かれるという話だ。

路地を見ればその街の本質がわかる、というのは、誰か写真家の持論であったと思う。そこには歴史と生活が詰まっているし、人は狭い空間に原初的な安らぎを得るのではないか、という話。この街には、人が「なんとなく」惹かれる要素がある。

夕方になってあたりが暗くなり始めた頃、中央駅の中で開かれているクリスマスマーケットを見て回った。


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世界最大のクリスマスツリーがそこにあった。スワロフスキーで出来た巨大なツリーは、私が見た中で最も高価なツリーであったと思う。

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熱でふらついていたが、つらくはなかった。とてもゆっくり歩いていたからか、色んなものをじっくり観察できて、かえって良かった、とは言わないが、いつもと違う趣はあったかもしれない。

一通り見て満足すると、カフェに入って、温かい飲み物を片手に小説を書きながら、帰りのバスを待った。

一人で旅をすると、必ず誰かしらとの交流があるのだが、この日は珍しく静かな一日だった。





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by white12211122 | 2015-01-18 00:24 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)