auf der Reise~旅の空~

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作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。テニスを辞めてジム通い始めました。就職決まったので次は修論です。

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コペンハーゲン二日目、後半

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アマリエンボー宮殿で衛兵の交代式を見た。

ここでようやく、デンマークに来たのだと実感した。どうも、ドイツの陸続きということで「北欧に来た!」という感じでもなく、ドイツの知らない町に来たという気分でいたのだが、こうやってその国の文化に触れるとまた印象も変わってくる。

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その後、フレデリスク教会へと足を運んだ。この日は結婚式があるため、午後からは貸切。ぎりぎり中を見学できたので、衛兵交代式に引き続き、機嫌が良かった。

ここで一度宿に戻り、一、二時間ほど休憩。その後再び市内を散策し、次の宿へと向かった。今度の宿は少し値は上がるものの、数日間滞在するということで、個室を取っていた。私の悪い癖で、食事を節約する為、夕飯はマクドナルドで済ませた。日本にいる時なら絶対にやらないが、いかにも貧乏学生旅行といった雰囲気を楽しんでいた。

二つ目の宿は、チボリ公園のすぐ近く。公園とあるのでウィーンのような市立公園のようなものを想像していたのだが、どうやら遊園地だったようだ。観光雑誌を何も持たずに来たので、そんなことも知らなかったのである。

年末だからなのか、夜は花火を打ち上げていた。宿でごろごろしていた私は、不精して花火の音を聞いていたものの、あまりに何発も打ち上げられるので、興味を持ってホテルの外に出た。ちょうど出たところで花火が終わったので、明日再挑戦することにして、引き続き日記を書くことにした。

私にしては珍しく、旅日記だけはきっちり記録していた。


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by white12211122 | 2015-02-27 02:47 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)
コペンハーゲン一日目

12月27日の金曜日、私は翌年の六日まで続く十一日間の一人旅の最初の目的地デンマークへと旅立った。

夕方四時、コペンハーゲンに到着した。あいにくの雨で、散々迷った末、ようやく予約していたドミトリー宿を発見した。今回選んだのは若者向けのファッション的なドミトリーで、フランクフルトよりも綺麗で明るかった。

疲れと雨、そしてまだ四時だというのに空があまりにも暗いので、夜のアマリエンボー宮殿を写真に撮っただけで、第一日目が終了した。少し勿体無い気もするが、今日はゆっくりして、明日は是非アマリエンボー宮殿の衛兵交代式を見たい。フレデリクス教会を見た後、ニューハウン、チボリ公園に向かって歩く予定だった。

デンマークは物価が高いため、コンビニで水一本が四百円以上する。実は今回のデンマーク・イギリス旅行でさらに親への借金が増えてしまったので、できるだけ出費を抑えるために、晩御飯はスーパーで購入して済ませた。

同室になった中国人の女性が「お腹が減った」と言ったので、私はフルーツを、アメリカ人女性はパンをあげようかと申し出たが、彼女はありがとうと丁重に断って、レストランへと出かけていった。帰ってきた彼女はその物価の高さに驚いていたが、四千円以上も出してウサギの丸焼きを食べたというのが面白かった。


コペンハーゲン二日目・前半

朝起きると、両手を上げた状態だった。あまりに疲れて爆睡すると、こういう寝方になるらしい。よく眠ったところで、夕べスーパーで買ったフルーツやパンで朝食を済ませ、すぐに市内散策へと出かけていった。

様々な店が立ち並ぶショッピングストリート・ストロイエで、ワールドギネスレコードミュージアム、そしてアメリカの作家スティーブ・ベリーの著書『テンプル騎士団の遺産』に描かれたラウンドタワーを見つけた。ちょうどこの辺を主人公のマローンが走り抜けたのかと思うと、小説の舞台を歩く楽しみに胸がわくわくした。あの小説を読んだのは高校一年生くらいの時で、少し大げさではあるが、自分がコペンハーゲンを訪れることになるとは予想もしていなかった(あの頃、私の世界は本当に狭かった。どれくらいかと言えば、家から学校までの五駅程の区間が日常の全てだった)。

ニューハウンの街並みを見に行く途中、私は車の往来のある、少々危なっかしい場所から建物の写真を撮っていたため、世話焼きなインド人のおじさんに危ないよ、と注意された。フレンドリーな彼は注意しただけでなく、話しかけたそうな雰囲気を漂わせて、私に近寄ってきた。

デンマークに着いてからの会話は全て英語で、彼は私に、君は日本人か、これからどこに行くんだい、なにニューハウンならこっちだから連れていってあげよう、僕は日本人が大好きなんだ、日本人はみんな親切で優しいからね、僕には日本人の友達が一人いるんだ・・・・・・といったことを英語で喋った。

色々突っ込みたいところがあったが、案内してくれるのは方向音痴の私にとってはありがたい申し出だったので、連れていってもらうことにした。背格好は私と変わらず、四十を超えた、鍛えられていないおじさん一人であれば、もし襲われたとしてもお腹に足刀蹴でも入れればいい、という妙な自信があった。

結果的に言えば、彼は単に日本人好きのフレンドリーなおじさんで、私をニューハウンまで案内すると、僕はこっちだから、と言って去っていった。別れ際にハグを要求されたのには心底げんなりしたが、それよりも、やはりついていったのは浅はかすぎたかもしれない、と自分のガードの緩さを軽蔑し、少し落ち込んだ。

ニューハウンは港近くの美しい通りだった。多くの船に、色とりどりの家々。水面に映るそれらは一枚の絵画のようだった。

立ち並ぶカフェも通りに華を添えており、写真を撮るのが楽しかった。絵の先生をしていた祖母も、かつて写生で訪れたと聞いていたから、旅の報告をするために、ニューハウンの絵ハガキを三枚買って、次の目的地アマリエンボー宮殿へと向かった。

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by white12211122 | 2015-02-27 01:20 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)

朗読の研究会

結構前に書いた朗読の授業についての記事、授業自体は半期だけだったので十二月に終わっているのですが、続きがあるので書こうと思います。

最後の授業では、先生から教わったテクニックを使って指定の数行を朗読する、というテストがありました。一週間毎日そこそこ真剣に取り組んでいたこともあって、結構上手く読めたんじゃないか――と思ったのですが、先生が褒めたのは別の人達でした。初期よりずいぶん上達したね、と。それも、「そこはそういう読み方じゃないって授業中に先生が言っていたのに・・・・・・」と聞きながら思っていた人達だったので、「まあ人生そういうものだよね」と妙に達観した気分で、落ち込むのもおこがましいかと、そこは気分を切り替えて最後の授業に臨みました。

授業が終わって席を立った時、ふと先生と目が合いました。その時、先生から「今日の読み良かったよ。君、研究会に参加しないか」とまさかのスカウト(?)が。まあ上手かったというよりは、授業中の熱意を買ってもらったというところでしょうが(ボイスレコーダー持参してたのは私だけでした)、それでもやっぱり努力を認められてすごく嬉しかったです。

そういう訳で、年始以降、大体月二回のペースで研究会にお邪魔させて頂いています。やっぱり週一でやっていた頃に比べるとずいぶん劣化したというか、伸びも遅いのですが、これからも定期的に続けていけるものが見つかって良かったです。努力はやっぱり実るものですね。

四月には朗読の会があるそうなので、聴きに行ってきます。今からレポートを書くのが楽しみです。

ちなみに、この道の第一人者という人達が集まって朗読するので、聴講は3500円かかります。結構するなーとは思いましたが、こういう機会も滅多にないだろうし、というのと、先生に「聴きに行く?」と聞かれたので、ここはやる気を見せるべきだろうと思ったので、すぐに決めました。即決で「はい!」と答えたところ、「へー3500円もするのに見に行くのか、ははは」と言われてしまいましたが・・・・・・え。




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by white12211122 | 2015-02-26 12:50 | その他の挑戦 | Comments(0)

一月は卒論の口頭試問でしたが、今月はファンタジー小説の新人賞にかかりきりになっていたため、久しぶりの更新です。

さて、ファンタジー作家を目指している方は「最近応募する賞がない!」とお悩みではないでしょうか。特に、長編小説(四百頁以上)。ハリポタが引き起こしたファンタジーブームは最終巻以降下り坂で、ライトノベルはともかく、「児童文学」として西洋ファンタジーで賞を取るのは難しくなっているのではないか・・・・・・と感じています(逆に和風ファンタジーは漫画・小説共に、儚く優しい雰囲気を売りに、広く受け入れられているようですが)。どうしても他国の過去を舞台にするので、「なんちゃって中世」で終わってしまうというのも理由の一つでしょう。

『ナルニア』から入って『ハリポタ』でファンタジーにハマり、『サークル・オブ・マジック』、『ダレン・シャン』、『バーティミアス』、『アルテミス・ファウル』、『指輪物語』etc・・・とファンタジーは一通り読んだので、西洋ファンタジー作家になる気満々でしたが、数年前から和風ファンタジーを書くようになり、そちらの方が受けがいいので、どんどん西洋ファンタジーから離れていました。

今回出したのは、19歳の頃、大学受験を控えた十二月に、ネットで書き始めた小説を書き直したものです。おそらく、これが最後の「西洋ファンタジーもの」になるでしょう(独文から日文へ転科しようとしている今、最後の集大成としてはとてもいいタイミングだと思います)。

これを書いていた頃、受験前で体は薬と点滴でボロボロ、精神的にもきつかった時でしたが、その時読んで下さった方々のコメントで盛り返し(「あのキャラが好き!」と言ってもらえるのが一番、作者冥利に尽きますね)、結果的に勉強のモチベーションを上げるいい手助けとなりました。

そんな思い入れの強い作品、実は20歳の時に一次落ちして、結構な挫折を味わいました。あの時の自分に書ける最高レベルだと思っていたので、これからどうすればいいかわからず、三ヶ月は何も書けませんでした。

そこで和風ファンタジーを書くようになり、半ば投げやりな気持ちで、翌年、ロクに手直しもせずにある賞に出したところ、二次選考まで残りました。

自信を取り戻した私は、ようやく自分に足りない物に気づきました。それは、「妥協しないこと」。もっと具体的に言えば、「建物や風景の描写が足りない」「同じ表現を繰り返すことがある(特に「笑い方」。笑い方一つでも、「唇を歪めるようにして笑う」「淡い微笑を浮かべる」「唇の端だけを上げるような笑い方」など様々ですが、簡単な仕草なだけに手を抜いてしまいます)」、「早く完結させようとして、後半から雑になる」「そもそも中世ヨーロッパの精神史をわかっていない」などなど。

そこで今回、とある出版社が新しく賞を開設していたので、二月は一ヶ月丸々使って、今度こそこの作品を完璧に仕上げよう、と決意しました。一ヶ月間本当に、バイトの前後はカフェで執筆、夜は十時から明け方五時まで粘って、五時間寝て執筆→バイトという日々でした。食事も忘れて、貧血起こしながらの執筆はかなりきつかったです。

その小説と言うのが、元々550頁ありまして、今日仕上がった時には716頁になっていました。雑になりそうになったら切り上げて休憩。休憩中に3DSの「トモコレ新生活」で遊ぶのですが、作品の登場人物のMiを作るわ、頭フル回転のまま眠るので夢に見るわで、「あ、壊れたな」「芸術って狂気から生まれるんだろうなあ」と大げさではなく実感するほどでした。

パソコンの横には中学時代から集めていた資料。建築史を始めとして、色々あります。正直、ここまでしてもまだやり足りないという自覚はあったのですが、今回はこれが自分の限界だと見切りをつけて、数時間前に郵便局で出してきました。

で、何が言いたいかと言うと――とりあえず、「久しぶりに公募に出す」という挑戦は果たしたので、ここに記録しておきます、という話です。後は、こういう場でしか出来ない小説語りをやりたかったので。

一ヶ月で716頁は本当に無茶をやったと思います。ただ、やっぱり自分は短期決戦型で、最近は割と成果を出すようになったので、自分を追い詰めることに味をしめてしまいました。本人である私はいいとして、周りには「食事くらい取って!」と心配をかけたので、これからは口に出さずに静かにやろうと思います(院試の時といい、毎回壮絶です)。

今回自分で成長したなと思ったのは、「自分の欠点を意識しながら書いたこと」「ネットで他人の反応を見なくなったこと」です。ネットで検索すると、その賞に応募する人たちのコメントが出てくるので、ついライバル意識を持って隅々まで読んでしまうのですが、今回はそれをやりませんでした。賞を取れるかどうかも、あまり気にしていません。そんなことする前に、自分と戦わなきゃいけないでしょって話なんですよね。自分の欠点から目を背けて、他人と比べている時点で器がわかってしまうと言いますか。他人と勝負出来るほどのレベルじゃないでしょう、と自分で自分に痛烈な一言を思いつきました。

小説って本当に奥が深いと思います。

三月の目標は、「日本民俗学の研究」です。四月から院が始まるので、せっかく受け入れて下さった教授を失望させないためにも、「努力して春休みに研究しました!」と胸を張れるようにしたいと思います。

挑戦ブログも半年が経ちましたが、まだまだ続きます。



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by white12211122 | 2015-02-25 18:25 | 小説 プロの作家を目指して | Comments(0)

少林寺拳法、再開


先週から週1で、また道場に通い始めました。

社会人になると、やろうと思いながらも離れてしまうらしいので、学生のうちに出来る限りやっておかないともったいない!と思い、まずは二段までの技の復習から入りました。

始めた頃くらいまで見事に劣化していたものの、気分的にきちんと劣化を直視出来るようになったので、一から覚え直すのが楽しくなってきました。

昔は剛法などの打撃が好きだったのですが、筋力も衰えてブレるわ、感覚がわからなくなっているわで、少し敬遠気味に…逆に昔はあまり好きでなかった柔法を好むようになりました。

やる気を見せようカッコつけよう、と急ぐので「ゆっくり落ち着いてやる」というのが出来なかったのですが、引退して二年以上経つとそういう見栄もなくなって、程好く力が抜けてきたようです。

何でもそうですが、自分が好きなもの・詳しいものは、ある程度の自信とそれを裏付ける実力がないと、語れないと思うんですよね。私はまだ、少林寺拳法を語ることが出来ません。恥ずかしいし、自信がないので。

ただ、誰かにお前はダメだと罵倒されたわけでもないのに、自分で「語れるようになるのは無理かも」と可能性を潰すのもどうかと思うので、『十二月の昇段試験を受ける!』と決めて、手帳に書き込んでみました。

やっぱり目標が定まると、後は一直線に向かっていけばいいだけなので、意識が代わりますね。今日は道場で「三段受けようかな」ではなく、「受けるよ」と言えました(笑)

正直、取れないことはないと思っていますが、私なんかが挑戦していいのかな、という思いがあって、なかなか踏み切れずにいました。一度取ってしまうと、一生その段位の実力があって当然、となって、言い訳する自分が目に浮かぶようで。

でもその反面、春合宿にも参加して、四段まで取ったら…というワクワク感もあります。

コツコツ続けるのは意外に難しいから、そういう時は自分で機会を作って、目標を設定してあげないといけないんだなー、と実感した日でした。


今日新しく覚えた技一覧(三段)
龍華拳(16/4)
・送四指捕
・腰挫
・木葉送
・木葉返

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by white12211122 | 2015-02-12 14:36 | Comments(0)
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学生寮の隣人モハメドが他に引っ越したため、隣の部屋が空室になった。それが、十一月の終わりのこと。

十二月の始め頃に、フライブルクにまた新たな音楽留学生が来た、という話を小耳に挟んでからしばらくして、その女性が私の隣に住むことになった。

「京都からやって来た声楽の人」であるKさんは、コルマールで衝撃的な出会い方をしたR氏にも増して、非常に濃いキャラクター、姉御肌タイプのパワフルな女性だった。

最初は普通にKさんと呼んでいたが、そのうち、自他共に認める、フライブルクにいる日本人留学生達の母のような存在となったため、私は世話になった感謝と親しみから、彼女を「姉さん」と呼んで慕うようになった。

この頃には、日本語を話すたびに罪悪感を抱くといった強迫観念も薄れていたので、久しぶりに関西弁を話せるのが素直に嬉しかった。

その姉さんを通して、十二月以降は専ら関西圏の音楽家達との交流が続いたため、私は始終大阪弁を話すこととなった。

クリスマスくらいは、日本人で集まってゆっくりしたい。もっと言うなら、日本食が食べたい――。最初の三ヶ月は日本食がなくてもなんとも思わなかったのだが、十二月も終わりに近づくと、禁断症状のように、日本食が恋しくて仕方なかった。

そこで、同じく学生寮に住んでいる沖縄出身のN、クリスマスイブが誕生日だという姉さんに、Mと私というメンバーで、クリスマスパーティーをすることになった。姉さんが料理上手なので、料理はほとんど彼女に作ってもらい、私はクッキーを作ることにした。

作り方は間違っていなかった。ただ、材料がクッキー用のものではなかったため、クッキーはオーブンの中で消し炭となり、私はそれを「聖夜のハプニング」ということで、ゴミ箱に片付けた。

パーティーは学生寮の一階にあるラウンジでやることにした。普段ならここでビリヤードに興じたり、クラブのように音楽を鳴らしてパーティーを開催している学生達がいるのだが、彼らは皆クリスマスということで、家族の元に帰っていた。

しかし、一人だけ残っていた学生がいた。例の乳製品泥棒の青年だ。何故か彼はノートパソコンを片手に持ったまま、一階と私たちの住む三階を下りたり上ったり、ということを繰り返していた。

友人とスカイプをしているようだったが、どうして重たい物を持ったまま移動しているのか。ちらちらとこちらを見ているのが不快で、部屋でやればいいのにと不審に思っていたところ、「何をやっているの?」と、ついに向こうから声をかけてきた。クリスマスイブに数人で料理を作っている所へ、何をしているの、という質問もないだろう。

私はますます疑い深くなり、そのうち、彼は食べ物を狙っているのだ、と思い至った。カラスじゃあるまいし、と思わないでもなかったが、彼の思考回路など私にわかるはずもない。クリスマスを台無しにされては堪らないので、料理を全て運ぶ間、ラウンジに必ず一人は残るようにして、料理を交替で見張った。

こうして、料理は無事守られた。盗みに関して神経過敏になっている私とは対照的に、他の友人たちは比較的大らかだった。

「彼、パーティーに呼んで欲しかったんちゃう?」

姉さんがそう言ったが、私はそんなまさか、と一笑した。私は彼がパーティーに混ざりたいだろうとは、欠片も考えなかったのである。これまで彼が積極的に友人を作ろうとする素振りを見せていなかったから、そういう考えには至らなかった。

友人が欲しいなら、愛想よく笑って、友好的な雰囲気を出せばいい。そんなことは挨拶の一環であり、興味を持った相手へのごく自然な反応でもある。そのあと本当に仲良くなるかは、偶然や相性といった別の問題だから、顔を合わせて話す時に少し意識すればいいだけの話だ。しかし、それが簡単に出来ない人もいるのだ。私はそのことを失念していたというか、理解していなかった。

その後、他の日本人から、彼は語学学校の同じクラスの友人達にも、食事会に呼んでもらえないのだと聞いた。そういう時も、彼は誘って欲しそうに、近くをウロウロするらしい。だが、誰も彼に声をかけない。彼は日本人の電子辞書を始めとして、人が持っている物を勝手に触り、誰も見ていなければ簡単に盗みかねない、といった悪癖を随所で見せたために、周囲の人たちの信頼を失ってしまったらしいのだ。

自業自得とは言え、彼の孤独は理解できた。なんとなく、妙なプライドを持った、癖のある人物であることも薄々感じていたが、そんな青年だって、クリスマスに一人ぼっちは寂しいのだ。もちろん、あの時こう思い至ったとしても、やはり誘う気にはならなかっただろうが、この奇妙な理解と彼の難儀さは、クリスマスイブの思い出として、妙に印象に残ったのだった。

まあそれはともかくとして、静かな学生寮で、日本人らしく、ささやかにディズニーのクリスマスソングをかけて、「日本人水入らず」の一時を楽しんだ。

留学で出会った、別の言い方をすれば、留学しない限り知り合うことのなかった友人たちと、異国での無意識の仲間意識を持って、旧友のようにホームパーティーを楽しんでいる状況が、今更のように不思議に思えた。

クリスマスは静かに祝うもの。日本の華やかな、あるいは過剰に飾り立てたクリスマスに慣れていたこともあって、ドイツ風のしっとりとした楽しみ方が新鮮だった。



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by white12211122 | 2015-02-03 21:21 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)

卒論口頭試験終了


大学の学部生活最後の試験、卒論の口頭試問がようやく終わりました。

質疑応答と言うよりは、ほとんど欠点の指摘と認識の確認でしたが――学部生(青二才)の卒論なんてそんなものだ、とどこかのブログで読んだので、こんなものなのでしょう。四年間の締めくくりとしては、非常に良い終わり方だったと思います。

去年はドイツ語での質疑応答が半分だったそうなのですが、今年は何故かドイツ人の先生抜きで、最後にドイツ語で要約を言うという形式でした。何を質問されてもいいように対策を練って回答を丸暗記、ドイツ人の先生との個人レッスンまでやっていたので、そこは少し残念でしたが、良い要約だと励まして頂けたのは素直に喜んでいいかもしれません。

ドイツ文学科から、今度は日文科に変わりますが、これからもドイツ語は続けていきます。日本民俗学はもちろん、比較考察出来るように、この春はドイツ民俗学の勉強も並行して――。ドイツ留学日記も完成させて、二月三月は久しぶりの公募挑戦。テニススクールに料理教室、週4の塾講バイトに朗読の勉強会――。やるべきことは沢山ありますが、今は少し休憩して、束の間の怠惰な時間を楽しみたいと思います。

ところで、これまで部屋と言えばただ眠る場所、という認識でしたが、ようやく内装にこだわろうという気になり、昨日は謎のやる気を出して、部屋の模様替え、不要な物の整理を一気にやりました。

可愛く、ではなく、大人らしくスタイリッシュに。いつもの自分と少し違うな、と思うほど、徹底的に。気づかないうちに自分の中で変化があったんだろうなあ、と思います。

同級生が社会人二年目になる、これからの二年間を無駄に終わらせたくない、という適度な緊張感故でしょうが、気持ちに余裕が出てきたのかもしれません。本当に欲しい物は必ず手に入れるし、今は目に見える結果がなくても、自分は必ずやれるから焦るな――と、荒ぶる気持ちを抑えつつ。二十代前半、最後の歳ということで、部屋の内装のようにゆっくりと、確実に成長していきたいです。




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by white12211122 | 2015-02-01 21:44 | 卒業論文orレポート | Comments(0)