auf der Reise~旅の空~

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作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。テニスを辞めてジム通い始めました。就職決まったので次は修論です。

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文学フリマというイベントに行って来ました。

今年で19回目になるこのイベントは、来場者4000人超えなんだとか。

それにしても、自分の作品をきちんと製本して販売するって、すごいことだと思うんですよね。趣味で創作している人は多いでしょうけれど、製本して形にするというのは、ワンランク上というか。おっ、と思います。創作への情熱を感じるからでしょうか。

そんな素敵な人たちが大勢集まっているイベントということで、電車に乗った時からワクワクしていました。

場所は羽田空港方面のモノレールで流通センター駅下車徒歩一分程度、すぐ目の前にありました。

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混雑まではいかない、程よい盛況具合でした。

私が購入したのはこの4冊と絵はがき一枚。

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タイトルで気になったもので、ざっと読んで文体がいいなと思ったもの、斬新な物語だと思ったものを購入しました。特に気に入ったのが、砂金葉之さんの短編集「暮れ六つ」。購入後、戻って話しかけて、サインを頂きました。どの話も、最後の一文が印象的で、余韻を残す終わり方だったので、これはと思って買いました。もっとお話ししたかったのですが、初対面の購入者ということでしつこくするわけにもいかず……とりあえず、手に入れた本を最後まで読むことにします。

こんなふうに時々話しかけてお話を伺ったり、隣のブースと話す人たちの会話を聞いたりして、ほっこりしました。

書店では売っていない本なので、好みの物語に巡り会えると、発掘した喜びも味わえます。


私も来年あたり出店してみたいので、今回の初来場は視察も兼ねてということで色々観察してきました。

購入者として気になった点を挙げていきます。

まず装丁に関してですが、やはり冊子よりも印刷会社にきちんと製本してもらった本を買いたいと思いました。値段は500円以内だと買いやすく、1000円以上はちょっと買う気になりませんでした。少し気になったのもあったのですが、アマチュアで1000円前後は強気すぎるなあと。モトを取ろうとしていないほうが好印象でした。

次に呼び込みについて。服を買うときに、店員さんには放っておいてもらいたい、と思う人が多いように、あんまり積極的に呼び込むと逆効果かなと思いました。大声での呼び込みは、隣で出店している人も迷惑そうでしたし。あと、手にとって読んでいる時に声をかけられると気が散ってしまいました。微笑と挨拶くらいがいいと思います。

最後に、本のジャンルについて。旅やカフェの紹介本など、書店でも多く売られているものは、ここで買いたいと思いませんでした。私もいま旅の記事をこのブログで楽しく書いているので盲点でしたが、著名な作家であるかよほど面白い文章でない限り、他人はあまり興味を持たないということです。もちろん、売ることにこだわらず、自分の書いたものを形にして売るということはいい思い出になるので、好きなジャンルで構わないと思います。それでもやっぱり、購入者側の気持ちとしては、文学フリマでしか買えない、アマチュアでしか書けない独特のストーリーや各々の考え・感想を書いた本が欲しいなあと思うので、来年自分が販売側になる時に留意したいこととして、ここまで書きました。読まれることを意識しているか、していないか、という違いでしょうか(文学フリマに参加するまで、とか、執筆に関するエッセイを期待していたのですが、残念ながらありませんでした)。売るからには、自己満足で終わってしまってはいけないと思うのです。


以上、気になった点を挙げましたが、全体的にはとてもいい雰囲気のイベントでした。色んな個性が光っていて、プロでなくても物語を形にして、広く読んでもらえるチャンスが与えられるわけですから、夢を叶える場所とも言えます。

とっても素敵なイベントなので、これからも毎年開催して頂きたいと思います。



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by white12211122 | 2014-11-24 20:03 | お出かけ | Comments(0)


風邪をひいて寝込んでいたとき、久しぶりに工藤直子さんの『ともだちは海のにおい』を読んで、やっぱりいいなあと思った。

この気持ちをぜひ工藤直子さん本人に伝えたい。

そう思った私は、熱にうかされながら、工藤直子さんに手紙を書いた。

小学校六年生の頃だったと記憶している。

返事は欲しかったが、まさか来るとは思っていなかった。

ある日学校から帰ると、テーブルにハガキが置いてあった。

可愛らしい版画の絵はがきだった。

「工藤直子さんからお手紙きてたよ」

母が台所からそう言った。

嬉しくて嬉しくて、しばらくハガキを持って、文字どおりぴょんぴょん跳ね回って喜んだ。

それでもまだ興奮状態で、ぐるぐると落ち着きなくテーブルの回りを歩き、体力が尽きる頃になってようやく立ち止まった。

その後、『ねこはしる』が発売されるとすぐに買ってもらい、悲しい最後を消化しきれなかったので、また手紙を書いた。

工藤直子さんはまた返事を書いてくださり、私はおそらくそのハガキのおかげで、物語をきちんと消化できたーーのだと思う。

いつか作家になって工藤直子さんに会うのだという夢は、残念ながらまだ叶えられていない。



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by white12211122 | 2014-11-18 02:12 | 小説 プロの作家を目指して | Comments(0)


小学校四年生の冬、学校から帰ってくると、こたつの上に分厚い紺色の本が置いてあった。

ナルニア物語よりも大きく、ページ数も多そうで、ミステリアスな表紙が気になった。

今流行りの本を他の親から聞いて、母が買ってきてくれたのだ。

漫画にはあまりいい顔をせず、小学校六年生になるまでは漫画雑誌「りぼん」の購入も禁止するほどだったが、本に関しては惜しみ無く買い与えてくれた。

それが『ハリー・ポッターと賢者の石』で、私はこの本の魔法にその後十年以上かかり、学校ではクラスメイトが作ったハリポタファンクラブに入ることを許され、入会後五分以内に三幹部の一人となることを認められるほどのファンとなった(それじゃあ悪の組織じゃないか、と思わないでもない)。

これが、私が西洋ファンタジー作家を目指すことになったきっかけの話である。

小学校四年生は、非常に濃い一年であった。



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by white12211122 | 2014-11-18 01:53 | 小説 プロの作家を目指して | Comments(0)

全く人見知りをしない好奇心旺盛かつ目立ちたがりやの子どもだった私は、文房具やさんのおばあさんにまで、将来は作家になるんだと宣言していた。

そういえば自分は体が弱くて小心者の割りにパワフルな子どもだったと、こうして書いていて、しみじみと思う。

そんなに枚数を書いた記憶はないのだが、私は塾が終わるたびにその文房具やさんに寄り、原稿用紙を買ってもらった。

家にあるのに新しく原稿用紙を買う、といったことはさすがに許されないだろうから、だとすれば原稿用紙を枚数ぶんだけ書ききってはいたのだろう。

そのうち、自分一人でも文房具やさんを訪れるようになり、おばあさんが不要になった用紙をくれるので、いつしか自分の書いた作品をお礼に見せるようになっていた。

おばあさん(おばあさんと書いているが、当時はまだおばさんだったと思う)はいつも丁寧に読んでくれた。

この交流は私が大学に進学してしばらくの間まで、約十年にわたって続いた。

帰省するたびに行こうと思うのだが、今ではすっかりご無沙汰している。

どうしても作家になってからでなければ会えないとーー今年もだめだったという不甲斐ない報告をするのが苦痛で、下らないプライドから二の足を踏んでいるのだが、今年こそは会いに行くべきかもしれない。



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by white12211122 | 2014-11-18 01:40 | 小説 プロの作家を目指して | Comments(0)

もらった『ナルニア物語』には、ほのぼのとした友情やお茶会がない代わりに、西洋ファンタジーの冒険の世界が広がっていた。

少々小難しい言い回しも気に入った。

日常からは想像もつかない剣と魔法の世界。

自分もいつかこんなドキドキするような物語を書きたいと強く思った。

絶対に作家になってみせる。

小学校四年生にして、「小説を書くためだけに生きる」と周囲に豪語するようになっていた。

本を読むようになったので、塾での国語の成績は爆発的に伸びたが、その代わり得意だった算数は一気に興味のないものへと変わり、成績も最悪の落ち方をした。

しかし興味のないものは、今でもそうだが、全く頭に入ってこないし、そもそも理解しようという気が起こらないのだから、まあ仕方がない。

作家になるには、まずは原稿用紙とペンが必要だ。

母に作家グッズを要求すると、塾の帰り道、近所の文房具やさんに寄ってくれた。

母は読書家ではなかったが、子どもは読書家にしようと思ったようで、小さい頃は毎晩絵本の読み聞かせをしてくれていた。

工藤直子さんの本がなければ作家になりたいと思ったかわからない、と書いたが、地盤は母が作ってくれていたのである。

話は逸れるが、私の母というのが、子どもの思いつきを面白がって付き合ってくれる人で、作曲家になるんだと鍵盤ハーモニカをでたらめに吹いていたり、画家になるんだと絵を描いていたりすると、「先生、お茶はどうですか」とか言って、ミルクティーとお菓子を持ってきてくれるのだった。

本は連鎖のように、私に人との出会いをもたらしてくれた。

連鎖が次にもたらしてくれたのが、その文房具やさんのおばあさんだった。




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by white12211122 | 2014-11-18 01:26 | 小説 プロの作家を目指して | Comments(0)


小学校三年生の時に、幼馴染みのお母さんから、誕生日に本をもらった。

開いてみると詩がずらっと並んでいる。

興味を失った私は、それから約一年ほど、その本を手にとってみることさえしなかった。

そろそろホコリを被るんじゃないかという頃に、とてつもなく暇な日があって、なんとなくその本を開いてみた。

詩の良さにはまだ目覚めていなかったけれど、我慢して読み続けていると、ふいに物語が始まった。

夜空には銀の粉のように星が散りばめられ、暗く静かなビロードのような海には一頭のイルカがいる。

そのたった二ページに、夜の海という、実際には見たことも想像すらしたこともなかった世界が広がっていて、頭の中がイメージであふれた。

文字が脳内に描き出すイメージというものに、とりこになった瞬間だった。

工藤直子さんの『ともだちは海のにおい』の冒頭部分だ。

この本と出会わなければ、作家になりたいと思うようにはならなかったかもしれない。

それほど、小学校四年生の私にとって衝撃的な出会いだった。

コドクを好むけれど、寂しいくらい静かな夜には誰かとお茶を飲みたくなるイルカが、同じように、誰かとビールを飲みたくなるクジラと出会う。

彼らのような友情に憧れて、自分もこんな友達が欲しいと思った。

読み終わってしまうと、物語が終わってしまうのが寂しいと感じた。

幸い、続編ではないが兄弟編といった形の作品『ともだちは緑のにおい』が発売されていたので、すぐに母に頼んで買ってもらった。

今度はライオンとカタツムリとロバの三人組?だった。

こちらも文句なしに面白かったが、これもすぐに読み終えてしまった。

さすがにもう続編はない。

もっと読みたい。

だけどないから、そうだ自分で創ってしまおう。

自分がだいじにしているぬいぐるみたちの物語を創ったらーー。

ドキドキするような思いつきだった。

結局それは思いつきだけで終わったが、代わりに私はくまとうさぎがひたすらのんびりと森でお茶をしたり遊んだりしている話を書き続けた。

それから、私は色んな話を読むようになった。

それを、当時通っていた塾の事務員の男性、おそらくアルバイトの大学生さんに言うと、次の週に、自分はもう読まないからと、一冊の本をくれた。

それが、c.s.ルイスの『ナルニア物語』だった。




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by white12211122 | 2014-11-18 01:25 | 小説 プロの作家を目指して | Comments(0)