ドイツ留学~スイス・バーゼルでオペラ鑑賞
ドイツに留学して十日ほど経ったある日の授業後、今日で語学学校最終日というS氏が、スイスのバーゼルでオペラを観るから一緒に来ないか、と誘ってくれた。
なんでも、フライブルク音大で師事している教授がそのオペラに出演されるとのこと。
他にも同じ音大生、もしくは卒業生の女性(皆日本人)が来られると聞いて、喜んでその誘いに乗らせてもらった。
夕方、中央駅で待ち合わせをして、切符の買い方を教えてもらった。
切符の買い方も知らなかったのか、と思われるかもしれないが、あの販売機の操作は、慣れるまでが結構難しい。
それに、まさか留学十数日で国外に出るとは思わなかった。まだフライブルク観光も途中で、他の街に行くことすら考えていなかった。
時間にして一時間、日本で言うなら、大阪から京都まで行くような感じだった。
今日の題目は現代版『トスカ』。
奇遇にも、ワーグナー以外で唯一内容を知っている作品だった。
といっても、漫画で内容を知っているだけで、その漫画というのが『動物のお医者さん』――大まかな内容で、しかも半分以上ギャグだった。
そもそも楽譜を読むことすら怪しいのに、と音楽家三人を眩しい思いで見ていたら、意外にも『動物のお医者さん』ネタをご存知だったらしく、電車の中である程度打ち解けることができた。
開演まで時間があったので、バーゼルに着いてから、少し観光することになった。
初めて見るライン川、教会はフライブルク大聖堂に続き、まだ二つ目だった。
教会に大喜びする私を見て、女性陣のNさんとTさんは「そうか、初めて来た頃って、こういうのに興奮するんだっけ」と思い出したように言った。
「今はもう感動とかしないんですか?」
「見飽きたからね」
こちらの教会は日本のものとは比べ物にならないほど大きく、精巧で、歴史そのものを感じさせる。
その時の私はこれを見飽きることなんて想像していなかったから、ただもったいないなあと感じていた。
留学から半年過ぎるまでは、見るもの全てが新しくて、非常に子どもっぽくなっていた。
ミステリアスな大人の女になって帰ってくる、と友人たちに豪語していたことなど、帰国するまですっかり忘れていたくらいだ。
ただ、この二つ目の街巡りは印象に残り、この時交わした会話も、記憶に焼きついている。
オペラ鑑賞はさほど高くなかった。27€、日本円で4000円しないくらいで、出演される教授に舞台裏を案内して頂いた。
「ところで、君はどの楽器?」
音楽家に見られたことに、ちょっと嬉しくなった。
音楽家ではなく、ドイツに来るまで会話すらまともにしたことのなかった、と前置きのつくドイツ文学科の生徒だが。
休憩中。
話は飛んで、現代版トスカの鑑賞後、教授にホットドッグとビールをご馳走になって、恐れていた質問がついにきた。
「今日の作品、どうだった?」
ど素人が、その作品に出演されていた教授の前で感想だなんて畏れ多い。
日本でオペラ鑑賞をしたことすらなかったが、幸い、ドイツ文学科で一年ほどオペラの授業を取っていたため(といっても、結構な確率で居眠りをしていたのだが)、ワーグナーばかりだった授業に比べて、ポップで面白かった、と無難に答えておいた。
CGグラフィックを使った現代版トスカは、ドイツ語字幕付きだったのと、大まかな内容を知っていたおかげで、確かに面白かった。あのCGの使用については色々な意見があるだろうが、少なくとも素人には親しみやすいと思う。
「へえ、ワーグナーなんて音楽家でもそんなに観ないのに、ずいぶんかたいね」
そうだったのか! と驚きつつ、その後は音楽家の談笑に耳を傾けながら、初めて飲むスイスビールを味わった。
非常に苦く、残しては悪いからと、涙目になって飲み干した。