留学から一ヶ月も経たないうちに、奥歯の詰め物が取れた。
日本で、新人歯科医のミスで神経を取られた恨みは、まだ記憶に新しい。
仕方がないので、買ったばかりの10ユーロプリペイド携帯で、予約の電話をかけてみた。
おもちゃのような小さな携帯から、早口で聞き取れないドイツ語が流れてくる。
名前も聞かれなかったし、予約は失敗。
肩を落とし、かろうじて聞き取れた「月曜、朝8時から」を頼りに、怯えながら近所の大学病院に行った。
実は大学病院では予約はいらず、もっと言えば、詰め物が取れたくらいで来るような所ではなかった。
しかし、オロオロする日本人学生が実年齢より幼く見えたからなのか、とても丁寧に優しく治療してもらえた。
最初の記入事項には手こずったが、特に嫌な思いもせず、終えることができた……と、この時は思っていた。
保険、銀行の開設、そしてーードイツでの抜歯。
これらの憂き目に遭うのは、もっと先ーー5か月後の話である。
留学では大きな怪我もなく、風邪もひかなかったが、歯だけは免れなかった。