ロンドン巡礼記⑨最終日
宿を出てすぐに、充電しておいたデジカメのバッテリーを忘れたことに気づいて、慌てて部屋に取りに戻った。留学してから、すでに三千枚以上の写真を撮っている。見るもの全てを鮮明に記憶し、繰り返し思い返すために、カメラは私にとって重要なツールだった。日記は時々つけていたが、間に合わない時は写真がそのまま日々の日記となっていたのだ。
雲と空の淡いグラデーションが綺麗だ、などと思っていたが、イギリスでは「一日のうちに四季がある」と言われているように、天候の移り変わりが激しい。バッキンガム宮殿に着く頃には、綿雲が青空を覆い隠してしまっていた。
最初に現れたのは、馬に乗った衛兵だった。ホースガーズの騎馬隊の交代式。デンマークで同じように交代式を見たのが、ずいぶん昔のように思えた。
その次に、門の隙間から衛兵の交代式をじっくりと見る。他の季節ではあの有名な赤い色の制服を着ているのだが、冬は灰色の制服になる。それに、お馴染みの黒い長帽子。赤い制服もいいが、慎ましいグレーのコートにも味がある。私はすっかり冬のロンドンが気に入っていた。今年は暖冬だったおかげで、ドイツだけでなくイギリスもまた、そんなに寒くはなかった。
いい写真を収めると、私は満足して、次の目的地へと向かった。
ウェストミンスター駅から地上に上がると、先ほどの晴天が嘘だったかのように、最近見慣れていた灰色の雲が空を覆ってしまっていた。
この薄い灰色がかった雲を見て、「フォッグ・ブルー」という色の名前を思い出した。昔、自分の小説の題につけたことがあったので、よく覚えている。フォッグ・ブルーとは、遠くから暗い色の物を見た時のような、靄のかかった灰色のことで、少し青みを帯びている。霧や靄によって見えにくくなった遠くの物。ロンドンの霧の向こうには何が見えるのだろうか、と思ったが、たかが数日滞在しただけの旅行者にそれがわかるはずもない。いつかロンドンに親しい友人でも出来たら、聞いてみたいものだ。
再びサウスケンジントンの博物館郡を訪れて、見そびれたサイエンス・ミュージアムに入った。ここも広いのだが、展示品は今まで見る者を圧倒させる物ばかりだったため、少し拍子抜けした。さらっと見てすぐに出たのだが、今こうして日記を書き直しながら写真を見てみると、レトロな骨董品など、親近感の持てる博物館だった。
ただ、この時にはそうした物の良さというのがまだわからなかった。ロンドンの広くて豪華な博物館や美術館に圧倒されていた私は、日本の美術館はなんてお粗末なんだろうと不満すら持つようになっていた。あれだけ小さくて展示品も少ないのに、有料だなんてと納得がいかなかった。
けれど帰国後はその考えも変わり、料金はともかくとして、結局は日本の展示も、あれはあれでいいものなのだという大人しい意見に落ち着いた。小さく要点を抑えた方が、印象に残りやすいのだ。それに、一回ごとにテーマが明確に分かれているというのもいい。これも留学で陥りがちな自国批判というやつなのかもしれない。
休むことを知らない私の足は、まだ見ぬ新しい物を貪欲に求めて、ひたすら交差を繰り返した。そして、最後は日本料理店でラーメンを食べて、宿へと戻った。この日は毎日欠かさず解いていたドイツ語の問題集も開く気にならず、なんとか雑な日記だけつけて、泥沼につかるように、深い眠りへと潜り込んでいった。
次の日の朝、私は長かった二国周遊を終えて、ドイツ・フライブルクの学生寮へと帰った。着いたのは夕方頃だっただろうか。帰りの飛行機のことはよく覚えていない。体を引きずるようにして寮に帰ってきた私を待っていたのは、Kさんの「お帰り!」という温かい言葉と手料理だった。
まだ四ヶ月程しか経っていないが、間違いなくあの時のあの学生寮は私にとってのホームだった。お土産を渡して、旅先であんなことがあった、こんなことがあったとそれぞれ手短に話し、ハーブティーを飲む。Kさんとはそれこそ十二月に出会ったばかりだったが、その小さなお茶会はそれから先、習慣のように続くこととなった。