auf der Reise~旅の空~

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作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。

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ドイツ留学~バーゼル・ファスナハト~

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ルツェルンの次は、同じくスイスのバーゼルだった。スイス最大のカーニバルと言われている、バーゼル・ファスナハト。灰の水曜日の翌週の月曜日からの三日間を「一年で最高の三日間」と呼んでいる。

月曜日の明け方四時に、モルゲンシュトライヒと言って、暗闇の中でパレードを始める。それが、このカーニバルの幕開けの合図だ。闇の中に灯篭が浮かび、楽隊が市内を練り歩く。

語学学校のイベントとして、この明け方からのモルゲンシュトライヒに参加しよう、という企画があったのだが、さすがにオールはきつい。寒いし、待ち時間も長い。しかも、昼のパレードを待たずして帰るという。

私はこのイベントには参加せず、久しぶりにMと一緒にこのカーニバルを見に行くことにした。この頃、Mとはあまり会うことが出来なかった、と記憶している。ちょうど音大の受験シーズンで、彼女のほうが忙しくしていたからだ。精神的にもかなりきつかっただろう。音楽知識ゼロの私には、気分転換の誘いをするくらいしか思いつかなかった。

スイスに行った、と言うと友人に驚かれたが、フライブルクからバーセルまでは電車で一本、四十分かかるかどうかの距離で、わかりやすく言えば、大阪から京都へ行くようなものだった。

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(金、銀、銅のバッジが売っていたので、一番安かった銅を6ユーロ、900円程で購入した)

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(駅のすぐそばでブラスバンドが演奏をしていて、テーブルには「皆食べていってオッケーだよ」と、食事が並んでいた。試しにミートボールを食べてみたが、止められるどころかワインまでくれた)

ファスナハトと言えばバーゼルだと言われるように、ヴァルドキルヒの小さな祭りとは比較にならない規模、観光客の数だった。ここの祭りのパレードでは「さすがスイス。太っ腹だなあ」と感心する、あることが行われるのだ。

パレードが何列にもわたって、大通りを闊歩する。この仮装は毎年時事問題をテーマにしているらしく、その意味がわかると、非常に面白い。小さな子どもたちから大人まで、多くの人が音楽を奏で――観客に向かって、様々な物を投げていた。果物、お菓子、玩具、花――。そう、まるで叩き売りのように放り投げられる物を、観客たちがキャッチしたり、地面に落ちたものを拾ったりする。

トラックが一番いい。トラックに乗った道化師たちが一番多くものを投げてくれるからだ。傍観者のように書いている私も、二時間ほどこのパレードを見つつ、普段はない運動神経を発揮して、大量の飴をキャッチした。もちろん、赤ずきんの仮装で、だ。

ちょうだい、と手を伸ばしてアピールすることもある。そうすると、投げられないハチミツの瓶を優しく手渡してくれたり、欲張りをからかって大量の紙吹雪を頭の上からかけたりされる(この紙吹雪というのが曲者で、服のなかに入ったり、カバンの隙間から入ったりして、帰宅してからも大変だった)。Mは頭から大量にかけられてしまい、隣にいた私も余波を食らった。これが曲者で、服の中、鞄の奥まで入り込んでしまうので、学生寮の部屋まで持ち帰ってしまい、その後しばらく片付けに手間取った。

一番気に入った贈り物は、犬のぬいぐるみとミモザの花だった。カバンいっぱいのプレゼントをもらった私と友人は、ベンチに座って戦利品を見せ合いっこしたり、もらった果物を食べたりして休憩した。四月にあるイースターに向けたカラフルな卵もあったが、そちらは食欲がわかなかったので、食べなかった。



それから再び市内散策をしていると、仮装した少年たちに声をかけられた。なにを言っているのか、ほとんど聞き取れなかった。

スイスはフランス語話者・イタリア語話者・ドイツ語話者に分かれるのだが、スイス・ドイツ語といえば、ドイツ語既習者泣かせで有名なほど、なまりが強いのだ。なまりというか、言葉が変形しているため、聞き取れたとしてもわからない。その十歳になるかならないかの小さな少年は、頬を指差した。

どうやら、頬にキスをしてほしい、という意味らしい。ヨーロッパの挨拶代わりのキスは、本当に頬に唇を押しつけるわけではなく、軽くお互いの頬と頬をくっつけて、口でリップ音を出すだけだ。私もそうしてあげると、少年は嬉しそうに、「よし、これで四人目だ」と言って笑った。女性が通りかかるたびに、キスをねだっていたらしい。なんとも末恐ろしい少年だった。

この日の夜は、フライブルク大学に三週間だけ研修に来ているという日本人大学生の団体さんとの親睦会に呼ばれていたので、夕方には、夜にむけてさらに盛り上がっているバーゼルを後にした。

その電車のなかで、向かい側に座ったおばあさんと、なにがきっかけだったかは忘れたが、会話が始まった。派手な赤ずきんの服がきっかけだったかもしれないし、そうでなければ、袋に入った大量の花だったかもしれない。会話のきっかけは、どこにでも転がっている。

「バーゼルのファスナハトに行ってきたのね?」

おばあさんは持っていた新聞紙をめくって、ちょうどファスナハトについて書かれた記事を見せてくれた。

「そうだ、この新聞、あなたにあげるわ」

おばあさんがくれると言うので、ありがたく頂いておいた。なにかお返しにあげるものはないか。私は新聞をもらう代わりに、大量にもらったミモザの花をおすそわけした。

とっても素敵。本当にありがとう。

おばあさんの嬉しそうな笑顔に、こちらも穏やかな気分になる。数駅間だけの会話のあと、おばあさんが先に降りていった。良い夜を。そんな別れ際の挨拶はお決まりの定型文であるはずなのに、心がこもっているからだろうか。互いが「このあとも良い時間を過ごせますように」と相手のために祈る気持ちが、すとん、と素直に心に響くのだった。

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by white12211122 | 2015-04-04 20:33 | ドイツ留学の思い出 | Comments(0)