ドイツ留学~フライブルクのイースター~
イースターの頃、チョコレート専門店を始めとして、うさぎのチョコレートをあちこちで見かけるようになった。いつも朝食を買う語学学校近くのパン屋にも、いつの間にかうさぎ型のパンが並んでいた。
秋祭り「ヘルプスト・メッセ」を二回、クリスマスマーケットを十三箇所回った後では、もう真新しさもなかったのだが、うさぎ型のクッキーやピロシキのようなものを食べてみるなど、少しだけ食のほうに興味が向いた(食にはあまり興味がないほうなので、ドイツで興味を示した食べ物と言えば、ザウアークラウト・チョコレート・アイスクリームくらいだった。損をしていると思わないでもない)。
その翌日、私はブライザッハのワイナリー見学ツアー、ヴァルドキルヒのファスナハトを通して親しくなったイタリア人女性パウラとエッグペイントに参加した。
こういうデザイン性を求められるものは苦手なのだけれど、ピンク色に塗ってシールを貼るだけにしておいたので、可愛く仕上がった。
パウラはこの日の夜にイタリアに帰ることになっていたので、別れを惜しみ、日本から持ってきていた扇子をプレゼントして、最後に記念写真を撮って別れた。
韓国人の友人スユンが、携帯を盗まれたのだ。そのカバーには、銀行のカードも入っていた。真っ青になって震えながら、「さっきぶつかった青年たちが怪しい」と彼女が言うと、一緒にいたイタリア人青年のチロ、私の兄弟は、「まだ間に合うかもしれない」と言って走り出したそうだ。
チロはその青年たちを捕まえて、携帯を彼女に返せと迫った。青年たちは三人組だったのだが、こちらは他にも何人か友人がいたし、何より真顔のチロの気迫に負けたのだろう。素直に携帯を返したという。
「ジェントルマンだ」と私が感嘆してつぶやき、担任のクリスティアーネが同意すると、チロは真面目な顔で否定した。
「彼らが馬鹿だったんだ。携帯を盗んだあと、近くの曲がり角でおしゃべりしてたんだぜ」
「そうかもしれないけど、君はスユンの携帯を取り返したんでしょう。ヒーローだ」
チロは私たちのクラスのヒーローね、とクリスティアーネが陽気に言っても、チロはなぜか頑なにその賛辞を受け入れなかった。
「俺は当然のことをしただけだよ。だって、スユンが――俺たちの友人が困っていたんだから」
チロは本当に、自分が褒められるのはおかしいと思っているようだった。私ならきっと、自慢げな表情を抑えられなかったと思う。
私の親切でもなんでもない行動を、「とても優しくて誠実だ」と彼が言うたびに、複雑な気分になる。そういうことが何度もあった。それは誤解なんだよ、私はそんないい人間じゃないんだよ、と説明したくなるほど、彼のように親切で寛容で誠実な人が、私の友人でいてくれるのが申し訳なくなる程だった。