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auf der Reise~旅の空~

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作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。

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ドイツ一週間一人旅⑯~ヴュルツブルクでワインを~

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まだ薄暗い早朝に、私はヴュルツブルク行きのバスに乗った。長かったように感じたベルリン滞在もこれで終わり、次の目的地ヴュルツブルクで数時間ほど過ごしたら、夕方にはフライブルク行きのバスに乗る。

私の留学最後の冒険だった、「ドイツ一週間一人旅」が完了するのだ。成し遂げた事とは言えないかもしれないが、一人で放浪を続けたこの経験は、きっと何かの糧、自信に繋がるという確信があった。

明日には、語学学校の友人たちと最後の食事会。一日おいた明後日の夕方になれば、もう羽田空港行きの飛行機のなかだ。

バスの窓から見えるベルリンの風景が、ゆっくりと、次第に速度を速めて、後ろへと流れていく。三時間のバス旅の間に、考えることは一つだけだった。日本に帰る日が来たなんて、実感がわかない、ということを。

ヴュルツブルクの空は灰色に曇っていた。ハイデルベルクと似た建築様式に、立ち並ぶ店はフライブルクを思わせる。なんとなく、南ドイツに戻ってきたのだと、肌で感じた。

ヴュルツブルクでは特に目的もなかった。ベルリンからフライブルクに戻るまでに、中継地点を挟んで、小規模ながらドイツを一周したかったのだ。ヴュルツブルクを選んだのは、私より一足先に留学をした同級生が滞在していたから、名前を覚えていたというだけだった。

ヴュルツブルクはロマンチック街道の起点であり、バロック調の古都、そして学生街だ。

私はこの街唯一の観光地と言えるレジデンツに足を向けた。

その途中、自転車に乗ったトルコ人の男性と目があった。彼はわざわざUターンしてこちらに近づき、「どこかで会ったことがないかな?」とあまりにも陳腐なセリフを言うものだから、私は笑いながら、「残念ながらないね」と応じた。

「それはとても残念だ。私の名刺をあげよう」「いえ、結構です」というやり取りを交わして、再びレジデンツに向かって歩き出した。

レジデンツは撮影禁止であったから、じっくりと内部を観察した。世界最大と言われる天井のフレスコ画を、イスに座って長いこと見上げていた。天才建築家バルタザール・ノイマンが設計した、バロック建築の傑作。

二階へと続く階段を見上げれば、このフレスコ画に迎えられ、神々と女神の壮大な絵に圧倒されることになる。階段を登った四隅に椅子が置かれていたので、私はそこからフレスコ画を見つめ続け、それに飽きてしまうと、森鴎外の小説の続きを読んだ。こんな素晴らしい世界遺産の下で、小説を読むという「贅沢」をしたくなったのだ。

休憩が済むと、二階の部屋を見て回った。白い漆喰で彩られた「白の間」と、金に輝くロココ様式の可憐な部屋に、私はガイド付きの見学ツアーに参加しなかったので観ていないが、鏡を張り巡らせた「鏡の間」というのも奥のほうにあるらしかった。

レジデンツのショップで、ボックスボイテルというフランケン地方特有の形をしたボトルに入った白ワインを家族へのお土産に買った。三ユーロという安さだった。私の好みは甘口なのだが、辛口好きの母にはちょうどいいワインだった。

レジデンツを後にした私は、大聖堂とノイミュンスター教会を通りすぎ、旧市街地区の中心的な道、大聖堂通りを歩いてマルクト広場をうろついた。市場で美味しそうなスモモを見つけたため、三つほど買って、それを食べ歩いた。

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アルテ・マイン橋の掛かる対岸にはマリエンベルク要塞が遠目に見えていたが、行こうとは思えなかった。荷物は中央駅のコインロッカーに預けていたが、疲れきったバックパッカーである私にはもうほとんど力が残っていなかったので、橋を渡ることはせず、ワインのショップに入って腰をおろした。

白ワインを適当に頼んで、ソムリエの資格を持つ父がいつもそうするように、一回ゆっくりとグラスを回して、鼻を近づけた。フルーツのような香りだが、何かまでは当てられない。

ワイン愛好家の真似事をした後、ワインを飲んでいると、私の隣で向かい合って座っていた二人のマダムのうちの一人が、私のその真似事を「わかってるわね」とアイコンタクトで評し、「乾杯」と言って、私にグラスを傾けた。私も二人にグラスを傾けて、そこから自然な流れとして、会話が始まった。

旅をしているんだと言うと、マダムたちははしゃぐように「素敵」と言ってくれた。二人は店を出るときにも、「良い旅を」と声をかけて、去っていった。

残された私は小説の続きをーー『雁』をそこで全て読み終えて、家族と恋人宛の絵葉書を書いた。バスの出発が近づくと、再び停車場に向かうため、ショッピングストリートであるカイザー通りを歩いて中央駅に向かった。

バスに乗った途端、私は思索の時間を放り投げて、フライブルクに着くまで、ほとんど眠り続けた。こうして、私の最後の旅が終わったのだった。

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by white12211122 | 2015-07-21 20:00 | ドイツ留学の思い出

by みっこ