人気ブログランキング |

auf der Reise~旅の空~

white12211.exblog.jp

作家を目指す院生です。ドイツ留学時代の日記を中心に更新していましたが、院試(転科)→就活などのドタバタ挑戦ブログだったり、お出かけブログだったりと、割りと何でもアリで色々やっています。美術館めぐりも少々。

ブログトップ

タグ:フライブルク ( 37 ) タグの人気記事

ドイツのお菓子 色々


ドイツ留学に行く前に、御菓子部門で働くことになった部活の先輩から、御菓子の写真を撮って欲しい、とお願いされていた。その時の写真を挙げておこうと思う。

ドイツにいた頃、私はチョコレートばかり食べていた。ベルギーとスイスに隣接していたおかげで、ドイツではチョコレート大国のチョコレートが安くで手に入った。


c0330562_22071476.jpg
c0330562_22074726.jpg
c0330562_22093051.jpg
c0330562_22100212.jpg
c0330562_22530577.jpg
c0330562_22532466.jpg
c0330562_22535634.jpg
c0330562_22541677.jpg
c0330562_22543305.jpg
c0330562_22560186.jpg
c0330562_22562168.jpg
c0330562_23431414.jpg
c0330562_23433422.jpg
c0330562_23435286.jpg


食に興味のない私でも、チョコレートだけは普通に好きだった。リンツ、ミルカ、リッター。日常生活のなかにチョコレートが溢れていたのが、今ではとても懐かしい。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
by white12211122 | 2015-09-14 23:52 | ドイツ留学の思い出

ドイツのパン 様々


朝は必ずご飯を食べていた私も、ドイツ留学中は毎朝パンを買って食べていた。主に語学学校の近くにあった「K&U」か「Heltzmann」というパン屋で購入し、教室でパンの写真を撮るのが日課だった。「また写真撮ってる!」と級友たちが笑うのも。

今回は、その様々なパンの紹介を。


道化師の祭り(ファスナハト)時期のパン。

c0330562_12252972.png

林檎ジャムたっぷりのパン。

c0330562_12255915.png

フルーツいっぱいのパン。オレンジ色は卵ではなく杏。


c0330562_12310630.jpg

アメリカーナー。アメリカ人が食べている、というイメージがあるらしい。

c0330562_12312327.jpg

言わずとしれたプレッツェル。塩がきいていて美味しい。


c0330562_20050871.jpg

c0330562_20043012.png
c0330562_20044681.png

チーズプレッツェル。チーズが美味しいし、このプレッツェルは通常よりも柔らかくて食べやすい。

c0330562_12314688.jpg
プティングベルリーナー。ラム酒が少々。


c0330562_12325252.jpg

ベルリーナー。ベルリンでよく売られているらしい。なかにベリージャムが入っている。なぜか二個売り。

c0330562_20054944.jpg
林檎とシナモンのパン。

c0330562_12332075.png
イーストのねずみ。

c0330562_12334197.png
ヌスシュニッテン(ヌス=クルミ、シュニッテン=切り分けられたお菓子)

c0330562_12340248.png

エイリアン・・・ではなく、クリスマス時期限定のジンジャーマン。「エイリアンだ!」って言ったら先生に笑われた。確かにそう見えるわよね、って。


c0330562_12342052.png

アメリカーナーのハロウィン限定版。


c0330562_12343731.png

ハロウィン限定のパン。


c0330562_12344866.png

イースター時期限定のうさぎパン。


c0330562_12350026.png
同じくうさぎパン。

c0330562_12351373.png
うさぎパン。

c0330562_12352549.png
c0330562_12355589.png
c0330562_12361493.png
c0330562_20070155.jpg
c0330562_20073774.jpg
c0330562_20080841.png
c0330562_20082521.png
c0330562_20090250.png

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
by white12211122 | 2015-09-14 20:15 | ドイツ留学の思い出
c0330562_23153003.jpg


イースターの頃、チョコレート専門店を始めとして、うさぎのチョコレートをあちこちで見かけるようになった。いつも朝食を買う語学学校近くのパン屋にも、いつの間にかうさぎ型のパンが並んでいた。

c0330562_23423459.jpg
市庁舎前の広場ではクリスマスマーケットの時のような屋台が出て、うさぎや卵をモチーフとした遊具も現れた。

c0330562_23430975.jpg
クラスの友人たちから、「明日の夕方に皆で遊びに行こう」と誘われたが、私は語学学校でのイースターイベントであるエッグペイントに参加する予定だったので、一足先に、一人でふらりと立ち寄った。

秋祭り「ヘルプスト・メッセ」を二回、クリスマスマーケットを十三箇所回った後では、もう真新しさもなかったのだが、うさぎ型のクッキーやピロシキのようなものを食べてみるなど、少しだけ食のほうに興味が向いた(食にはあまり興味がないほうなので、ドイツで興味を示した食べ物と言えば、ザウアークラウト・チョコレート・アイスクリームくらいだった。損をしていると思わないでもない)。

c0330562_23431811.jpg
c0330562_23433389.jpg
c0330562_23434595.jpg
着ぐるみのうさぎからお菓子をもらい、何枚か写真を撮って満足した。

その翌日、私はブライザッハのワイナリー見学ツアー、ヴァルドキルヒのファスナハトを通して親しくなったイタリア人女性パウラとエッグペイントに参加した。

こういうデザイン性を求められるものは苦手なのだけれど、ピンク色に塗ってシールを貼るだけにしておいたので、可愛く仕上がった。

パウラはこの日の夜にイタリアに帰ることになっていたので、別れを惜しみ、日本から持ってきていた扇子をプレゼントして、最後に記念写真を撮って別れた。

c0330562_23152180.jpg
ちなみに後から聞いた話では、この日の夕方、市庁舎広場の屋台に出かけていたクラスメイトたちは、あるハプニングに遭っていた。

韓国人の友人スユンが、携帯を盗まれたのだ。そのカバーには、銀行のカードも入っていた。真っ青になって震えながら、「さっきぶつかった青年たちが怪しい」と彼女が言うと、一緒にいたイタリア人青年のチロ、私の兄弟は、「まだ間に合うかもしれない」と言って走り出したそうだ。

チロはその青年たちを捕まえて、携帯を彼女に返せと迫った。青年たちは三人組だったのだが、こちらは他にも何人か友人がいたし、何より真顔のチロの気迫に負けたのだろう。素直に携帯を返したという。

「ジェントルマンだ」と私が感嘆してつぶやき、担任のクリスティアーネが同意すると、チロは真面目な顔で否定した。

「彼らが馬鹿だったんだ。携帯を盗んだあと、近くの曲がり角でおしゃべりしてたんだぜ」

「そうかもしれないけど、君はスユンの携帯を取り返したんでしょう。ヒーローだ」

チロは私たちのクラスのヒーローね、とクリスティアーネが陽気に言っても、チロはなぜか頑なにその賛辞を受け入れなかった。

「俺は当然のことをしただけだよ。だって、スユンが――俺たちの友人が困っていたんだから」

チロは本当に、自分が褒められるのはおかしいと思っているようだった。私ならきっと、自慢げな表情を抑えられなかったと思う。

私の親切でもなんでもない行動を、「とても優しくて誠実だ」と彼が言うたびに、複雑な気分になる。そういうことが何度もあった。それは誤解なんだよ、私はそんないい人間じゃないんだよ、と説明したくなるほど、彼のように親切で寛容で誠実な人が、私の友人でいてくれるのが申し訳なくなる程だった。


c0330562_23153740.jpg

by white12211122 | 2015-06-30 01:31 | ドイツ留学の思い出
c0330562_05144967.jpg
c0330562_05151077.jpg


オランダ旅行の翌日、四月二十二日は私の二十三回目の誕生日であり、語学学校の最終週だった。

友人たちから誕生日を祝ってもらい、同じクラスの友人や先生、たまたま同じ誕生日だった韓国人の友人と、記念写真を撮った。アゼルバイジャンの友人ゾナは、アゼルバイジャンのマグネットをくれて、頬にキスしてくれた。

チロは私がナポリに行けなくて落ち込んでいたのを覚えていたようで、ナポリのマグネットをくれた。

その日の夜は、姉さんやSさんといった日本人の友人たちが誕生日パーティーを開いてくれた。今まで一対一の付き合いが多かったため、こんな風に大人数に誕生日を祝われるのは初めてのことだった。

誕生日の次の日は、同じ誕生日のドイツ人マルクスが、合同誕生日パーティーなるものを開いてくれた。

そこで私は、自分のノートにメッセージを書いてもらった。

まだフライブルクに来たばかりの頃、旧市街を散策していた時に見つけて買ったものだ。絵柄がかわいくて、手触りも良かった。これでのんびりスケッチでもしようと思ったのだが、結局は使わないまましまいこんでいたのを、メッセージブックとして活用することにしたのだ。

ドイツ人や日本人だけでなく、色んな国の友人がここにメッセージを残してくれた。語学学校の先生、よく行くバーのママさんにも書いてもらい、そのノートは私の宝物になった。

私の留学の目的の一つ、「異国でゼロからどこまで人間関係を築いていけるか」に対する答えが、このノートに詰まっていた。

去年の夏、留学に行く直前のことを思い出した。

教育実習で生徒さんからもらった寄せ書きノート。

部活のメンバーがくれたプレゼントと寄せ書き。

十年来の親友がくれたアルバム。

恋人から贈られた指輪。

気づけば、心のどこかでずっと欲しがっていたものが、手に入っていた。

南ドイツ一週間一人旅から帰ってきたら、最後のお別れパーティーがある。泣いてしまわないかどうかが、心配だった。


by white12211122 | 2015-06-29 02:23 | ドイツ留学の思い出
c0330562_00174516.jpg
ファスナハトを楽しみながらも、基本的にはB2試験の勉強のため、部屋に篭もりきりの生活が続いていた。

運動不足はよくないと、大学受験で嫌というほどわかっていたため、週2~3回は近所の湖をランニングしていたのだが、それでも足りなかった。足よりも体全体を動かしたい。

そこで、思い切ってフライブルク市内にある「easy sport」という中央駅のすぐ隣にあるスポーツジムに行って、体験の申し込みをした。

最初にインストラクターの男性が基礎体力を測りながら、器具の説明をしてくれる。久しぶりに筋肉を使ったので、かなり苦しかった。特に、腹筋。大学三年生の時にはあともう少しで割れるんじゃないかというところまで鍛えていた腹筋は、運動不足にドイツビールという最悪の組み合わせで、跡形もなく脂肪へと変わっていた。

インストラクターのかっこいい筋肉質のお兄さんが、私の呻き声を聞いて笑っている。

「もう少し!」「後ちょっと!」と声をかけられながら、なんとかなけなしの腹筋を酷使する。ただし、何故か脇腹の筋力だけは衰えていなかったようで、トレーニングベンチに横になり、足をクロスして器具に絡ませ、その状態で腹筋のように上下に体を起こす、というのは簡単に出来た。そこで始めて、「君は何かスポーツでもやっていたのか?」と聞かれ、複雑な気分になった。別に脇腹を酷使した記憶はなかったからだ。

一通り器具を教えてもらった後、お兄さんが「この後時間あるなら、プログラムにも参加していくといいよ」と言ってくれたので、ドイツ発祥のピラティスと、腹筋エクササイズに参加していくことにした。

先生は痩せたおじいさんだった。しかし、参加者は二十代前半から三十代。足やくびれでは負けないだろうと思っていたのだが、そもそも腰の位置が違う上に、抜群のプロポーションぞろいで、「必要ないじゃん!」と心の中で叫んでいた。

加えて、アジア人は私一人。少し身構えたが、わざわざダンベルを取って渡してくれたり、にっこり笑いかけてくれたりと、綺麗なお姉さんたちに優しくしてもらった。

痩せたおじいさん先生は、五時間以上、連続ですべてのプログラムを一人でこなしているのだった。無表情のままディスコのDJのようにハイテンションな音楽をかけ、「ふぉー!」とノリノリの声をあげて、軽快なステップを踏み出した。

二つ連続で参加した私は、最後の腹筋特化コースで倒れそうになった。最後は腕立ての状態でエクササイズ用のボール(背が届かなかったので、これも取ってもらった)の上に片足を乗せて交互に足を入れ替えながら跳ねる、という曲芸寸前の動きを指示され、ボロボロになった。

ただ、嫌な疲労ではなかった。心地良い倦怠感に、久しぶりに体を鍛えたという充足感。毎日トレーニングするほどマメな性格ではないため、こういう教室があるのはとても助かる。

もう少し早くからここに来れば良かったな、と思いつつ、プロテインを飲んで寮に帰った。




by white12211122 | 2015-04-05 01:30 | ドイツ留学の思い出
c0330562_14231107.jpg


2014年3月3日、フライブルクはRosenmontag(薔薇の月曜日)で盛り上がりを見せた。木製の仮面に独特の衣装、大きな鈴や木製の何か(店で売っていたが、何と言うのかは忘れてしまった)、ブラスバンドの隊列がマルティン門までの長い一本道を闊歩していく。

「ナリ、ナロ!」

そんな掛け声と共に、時折観客にいたずらをしながら。

c0330562_14242077.jpg

Roseは薔薇だが、ライン地方の方言でrohsenは狂乱するという意味なので、「狂乱の月曜日」とも言われている。

この日、語学学校は休講で、教室全てを使ってファスナハト・パーティーを開催していた。

椅子取りゲームに風船割りゲーム。顔にペイントをして、写真を撮った。日本人は風景を撮りたがるが、ヨーロッパ人は自分の写真を撮りたがる。今撮った写真を送ってくれないか、と言われることも多く、気づけば留学先で知り合った友人がFacebook上で100人を超えていた。

「誰も知り合いのいない異国で、一から人間関係を築くこと」。留学三ヶ月目の頃は今とは違う焦り方をしていたが、あの頃望んでいたものは手に入った。町を歩いていれば、高確率で「やあ、Y」と知り合いに声をかけられる。親の転勤や上京で、地元の知り合いがほとんどいなかった私にとって、生活圏内で誰かと会うのは不思議な感じがした。



by white12211122 | 2015-04-02 07:00 | ドイツ留学の思い出

c0330562_06485525.jpg
私が留学した年は暖冬で、十一月に少し雪が降ったくらいで、町中に雪が積もることはなかった。

寒がりなので助かったのだが、ヨーロッパの雪景色を写真に撮って見たかった。そんなことを言っていると、先週ティティ湖に言ったというゾナが、あそこには雪が積もっていたと教えてくれた。

語学学校のイベントで、近々ティティ湖行きの遠足があると聞いていたが、一人でゆっくりと散策したかったので、日曜日の昼にふらりと電車に乗って出かけた。フライブルクから三十分ほどで、保養地にたどり着いた。

前回来たのは十月の、曇り空の日だった。灰色の空に冷たい強風が吹いていて、人気も少なく陰気な雰囲気が漂っていた。それが、今日は眩しいくらい澄んだ青が広がっていて、半分凍った湖に雲と青空が映し出されて、空が二つあるように見えた。

c0330562_06500353.jpg

c0330562_06524226.jpg
c0330562_06590346.jpg
観光地なので、ショップも揃っている。ドイツでよく見かける不思議な顔の猫の置物は、気になりながらもついに買って帰らなかった。手に入らなかった物は気になるもので、またドイツに行くことがあれば買って帰ろうか、と思っている(日本でも帰国後に見かけたのだが、倍の値札がかかっていた)。

一通り店を見て回った後、森の方にも足を向けた。前回は寒かったので、森の方まで散策しようとは思いつかなかった。

少し積もった雪を踏みしめながら、ぼんやりと気の向くままに歩いていく。どこまで行っても、どこで引き返してもいい。人と過ごすのも楽しいが、定期的にこういう気ままな時間を持ちたくなる。

c0330562_06555035.jpg

c0330562_06570322.jpg
ドイツに住み始めてから、自然の色彩の鮮やかさに目を奪われることが何度かあった。この日は木々を見て、こんな色が自然にあるのかと、当然のようなことに少し驚かされた。写真では捉えきれなかったが、小鳥の羽毛のような黄緑色が、色は薄いのに、陽の光を浴びて鮮やかに輝いていた。日本の色名なら鶸色が一番近いだろうか。

頭上には黒々とした木々と空のコントラストが鮮やかで、思わずカメラを構えていた。

c0330562_06580333.jpg
帰りの列車では、読みかけの日本語の本、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を読み終えて、車窓からの景色をぼんやりと目で追った。

c0330562_06510911.jpg




by white12211122 | 2015-03-31 23:38 | ドイツ留学の思い出
c0330562_19125363.jpg


学生寮でフライブルクの何かについてネット検索をしていた時に、たまたまヒットしたのが「フライブルク子ども会」のサイトだった。私が検索していた内容とは全く関係のないものだったはずなのだが、とにかくその内容に惹かれた。

フライブルクに住む日本人の親が、子どもに日本語や日本文化を学ばせたい、と思ったことから始まったという。始まりは1999年。今も盛んに活動をしているようで、一緒に遊んだり教えたりする会員募集と書いてあった。

教員志望としては、是非覗いておきたい。思い切って連絡を取ると、すぐに返信がきた。色々と説明するので、カフェでお茶でも飲みましょうという内容で、私は語学学校が始まる前の午前中に、代表者のSさんとお会いすることになった。

授業も受け持ってみたかったのだが、授業はどれも午後からなので、それは叶わなかった。ただ、ベビーシッターやイベント参加、授業参観なら是非と言って頂けたため、早速授業に参加させてもらった。子どもたちはドイツ語のほうが話しやすいらしく、友達同士では流暢なドイツ語で話し合っていた。

ドイツで長く暮らしている日本人の親御さんたちのお話を聞いたり、子どもたちと「だるまさん転んだ」や折り紙、宝探しゲームなどで遊んだりと、とてもいい経験をさせてもらった。

フライブルクは大きな町ではないのだが、日本人のコミュニティーだけでも様々な種類がある。交流、教育、スポーツ、ボランティア。八ヶ月という留学期間では、一つのコミュニティーに長く所属することは出来なかったが、その代わり、短期間で色々な分野を覗いた。

ドイツの幼稚園で働き出した知り合いや、音楽活動に従事している友人たちに比べると、自分の専門性の低さに怯みそうになることもあったが、結果的に「色々なものを限界まで見たい」という望みは叶えたのだから、自分の選択は正しかったのだと思いたい。

(以下に、学問・勉強以外で、ドイツで試してみたものをリストアップした)

・オペラ鑑賞
・サッカー観戦
・声楽
・ボランティア
・空手・忍術・少林寺拳法
・ランニング
・スポーツジム(ピラティスその他)

ちなみに、ドイツで一番やりたかったのは「小説を書く」ことで、この時書いていたものが某小説大賞の最終選考まで残ったため、一応は自分の専門性も高めていたと言えるかもしれない。

二月というのは、そんな風に、少し焦ってもいた時期だった。

c0330562_19133198.jpg

(一緒に遊んでいた子から絵をもらった)
by white12211122 | 2015-03-31 19:14 | ドイツ留学の思い出
c0330562_03135089.jpg


主要都市の観光地よりも、身近な場所で何か発見したいと思うようになってから、フライブルクの町を、九月とはまた違った目でゆっくりと見て回るようになった。店を一軒一軒見て回ったり、奇妙な銅像を写真に撮ってみたり。

ドイツに住んでいていいなと思ったのが、自然に囲まれた生活を送れることだった。少し歩けば森が広がっているし、高層ビルに遮られていない空の下だと、顔が自然と上を向く。この頃、学生寮から近所の湖までよくランニングをしていたのだが、走るたびに、近くにこんな湖があることを「恵まれているなあ」と感じていた。

フライブルクにはいくつか湖がある。私が知っている湖は二つ。一つは学生寮の近く、エルゼッサー通りにあるモースヴァイアー(Moosweiher)という湖。

もう一つは語学学校までの途中、パドゥアレーという駅の近くにあるゼーパーク(Paduaallee,Seepark)。

ここにはオクトーバーフェストのイベントで来たきりだった。何故か日本家屋のある、不思議な湖。

おそらく、ヨーロッパ熱が落ち着いたのだろう。観光もいいけれど、これを「日常」と呼べることのほうがもっと価値のあることだと、留学も半分を超えた辺りで、ようやく思えるようになったのだった。


c0330562_03144330.jpg

by white12211122 | 2015-03-31 07:30 | ドイツ留学の思い出
c0330562_03025744.jpg


主要都市を五つ程見て周ったところで、私はようやく、それが誰にでも出来る観光旅行だということに気がついた。せっかく住んでいるのだから、観光客が来そうにない場所を訪れるべきではないか。

私は以前訪れたブドウ畑の村を思い出した。住宅と教会しかない、小さな閑散とした村。あそこには、普段の生活圏では絶対に出会うことのない人々の生活感と固有の雰囲気が濃厚に漂っていた。

あの村の静けさは、絵画に似ているのかもしれない。小さな頃、絵の中に入ってみたいと空想したことがあったけれど、人気のない閑散とした村を訪れるのは、その空想に近いような気がする。

語学学校の帰り道、いつものように中央駅まで歩いていると、眼下に見慣れた赤い列車が停まっていた。ふらっとこれに乗ったら、定期券内にどのような村があるのだろう。

もう出発してしまわないだろうかとオロオロしながら、階段を下りる。行ってしまったら諦めようと思ったが、列車はまだ停まったままだった。心も決まらないうちに、列車に乗ってみた。

目的もなくこの赤い列車に乗るのは初めてだった。路面電車とはまた違った、鉄道から見る風景がゆっくりと後ろに流れていく。

心惹かれる風景に出会ったら下車しよう。十五分ほど窓の外を眺めていると、なかなか良さそうな教会を見つけた。

ここにしよう、と降りて、ほとんど人気のない村を歩いた。教会が一つ、役所が一つ、カフェが一つ。他には住宅以外に何もなかった。マーケットすらない。

c0330562_03032370.jpg


Norsingenという地名は聞いたことがなかった。帰ってからネットで調べても、この地についての情報は見つからなかった。別に観光がしたかったわけではないので構わないのだが、もし見過ごしていたら嫌なので、その辺を通りかかった子ども連れの女性に声をかけた。

予想通り、特に逸話がのこっているわけではなく、教会以外は何もないのだと言って、その女性は笑った。

あのワイン畑のある村ほどの雰囲気はなかったが、この小さな村もまた、記憶の片隅に残った。

c0330562_03034565.jpg

by white12211122 | 2015-03-23 03:02 | ドイツ留学の思い出